2009年9月17日 (木)

本願寺新報の言葉遣い

今年1月20日の「本願寺新報」1面の見出しは、

親鸞聖人の遺徳偲び
お救いを心に味わう

でした。
「お救いを心に味わう」って、どういうこと?
この問いに分かりやすく明瞭に答えられる人って、いるんでしょうか……。

ちなみに同じく1面で、1月11日の「本山成人式」の模様が報道されていますが、そこでの大谷光真門主の言葉は、

日々の生活は損得や勝ち負けなどの事柄で埋め尽くされているが、仏教の智慧、阿弥陀如来の智慧と慈悲にテラされることで、いのちそのものが尊く、支えられながらそれぞれが大切なひと時を過ごしていることに気付かされる。その気付きが豊かな人生へとつながる

だったと書かれています。

たぶん、門主の言葉はもう少し具体性があったと思うのですが、上の記事と同じく、記者がぼかしてしまったんじゃないでしょうか。
だって、この言葉を聞いて、「貴重なご縁をいただき」「感謝の思いでいっぱい」という気持ちになりますか?
意味分かりますか?

やっぱり、話をするからには、相手に意味の通じる言葉で話さないと、伝わらないでしょう。
門主さんの真意や如何。

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2009年9月 2日 (水)

大遠忌アーカイブズ5

大遠忌アーカイブズ5(「中外日報」平成20年2月19日付)では、親鸞聖人700回大遠忌当時と現在との僧侶の数を比較しています。

昭和35年末 20595
  ↓
平成19年4月 32124

1.5倍以上に増えています。すごいですね。

さて、その中に、次代を担う青年はどれくらいいるのか。
仏教青年会の数も比較されています。

昭和35年末 983単位
  ↓
平成19年4月 272単位

4分の1近くにまで減っています。

最近は、定年後に「僧侶」になる人が増えているそうです。
しかし、人生を仏教にかけようとする青年は、どんどん減少しているようです。

記事の中でも、

「私たち青年は熱心に求めているが、現在の真宗説教には何ら心惹かれるものがない」
「余りにも通俗的でありふれたしかも老人相手の法話にかたよりすぎ、若い青年男女のお詣りはほとんどない」

という声が紹介されています。
しかもこれが700回大遠忌当時のことだというのですから、今日にいたっては何をかいわんや、です。

現在、これではいけないと感じている青年僧侶は多くいるはずです。
それらの皆さんは、どうすればよいとお考えなのでしょうか。
ぜひご意見を伺って、率直に話し合ってみたいものです。

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2009年7月29日 (水)

大遠忌アーカイブズ4

「中外日報」(平成20年2月16日付)に掲載された、「大遠忌アーカイブズ」の第4回は、「できるかハコモノ脱却 またもや募財の目玉に」という見出しになっています。
この見出しを読むだけで、内容が分かります。非常によい見出しだと思います。

さてその内容です。
昭和36年(1961)の、浄土真宗本願寺派(西本願寺)親鸞聖人700回大遠忌記念事業として1億3700万円をかけて建設した「本願寺会館」。
これが、約50年でその役目を終え、建物が撤去されるそうです。
大雑把に計算して、1年あたり274万円。維持費はどれだけかかっているか分かりません。
これだけの門徒の浄財を、有効に使うことができたでしょうか。
「有効」とは何かによっても変わるとは思いますが……。

750回大遠忌の宗門長期振興計画においては、これまでの「ハコモノ頼り」からの脱却を打ち出し、思い切った方針転換を図っています。
ところが、いざ実働の段階になると、やはりハコモノが続々と建設されることになってしまったとのことです。
特別養護老人ホーム、医療施設、新参拝会館、仏教総合博物館……。

さてこれらが、50年後の800回大遠忌まで寿命が持つだろうか、と「中外日報」は提起しています。

「『100万人の新たな門徒の誕生』などという遠い将来の理想より、これまでのような“ハコモノ”がある方が門徒に懇志を依頼しやすい」
という某住職の言葉は、法施に対する財施という募財の根本を忘れた、収奪機構と化した寺院の実体を暗示しているのではないでしょうか。

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2009年6月 9日 (火)

本願寺派監正局長は元プロ野球コミッショナー

「中外日報」(5月23日付)に、こんな見出しがありました。

本願寺派監正局長に根來泰周氏を三選 元東京高検検事長

根来泰周氏(簡単な字で書きます)といえば、プロ野球(特にパ・リーグの)ファンにはおなじみ。
オリックス・ブルーウェーブと大阪近鉄バファローズの合併問題や、オリックス・バファローズと福岡ソフトバンクホークスの間でのジェルミー・パウエル(JP)二重契約問題の勃発時に、
「私には権限がない」
を繰り返し、問題が長引いた一因を作った人、というイメージが強烈にあります。
確かに、法的にいったら、日本野球機構(NPB)のコミッショナーって、何の権限もないのかもしれませんが、何らかのリーダーシップを発揮してほしかった。
特に某当事者球団のファンとしては……。

話題が本ブログから、だいぶ、ずれそうですので戻しますと、その根来さんが、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の監正局長に再々任されたそうです。どうやら、ご本人は辞退したのですが、宗法の改正等で大きな問題を抱えている西本願寺にとって、法律の「プロ」である根来さんの力を必要とした模様。
コミッショナーも、辞めることになってから、代行時代が長かったですね。

Wikipediaを見ると、確かに華々しい経歴。
そのプロの力を、ぜひとも発揮して、成果をあげていただきたいものです。

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2009年6月 1日 (月)

西本願寺御影堂の広さ

浄土真宗本願寺派(西本願寺)の、御影堂への「御動座」が、4月1日に行われました。
その詳細を、「中外日報」(5月16日付)が「本願寺御影堂平成大修復完成記念」として、報じています。

その記事中で、リニューアルされた御影堂の広さが書かれていました。
細かく書かれていて、へぇ~と思いましたので、メモしておきます。

総御堂から御影堂への道中(約300メートル)に要した時間は約30分。光真門主、光淳新門、範子裏方、流豆美新裏方、そして外陣の左右を埋めた門侶に迎えられ御影堂に到着した御真影は、50年ぶりに大掛かりな修復が施され金箔の輝きもまぶしい内陣中央の厨子に安置され、御動座は無事に終了した。 この後、午後2時半からは御動座法要(五会念仏作法)。441畳敷きの外陣(内陣は282畳敷き)はすでに正午ごろから満堂の状態。
と、このように書かれていました。 つまり、御影堂は、内陣外陣合わせて、282+441=723畳、ということですね。 木造建築として世界最大級というのも、うなずけます。

ぜひ、法悦あふれる、聞法の場として活用してもらいたいですね。

ちなみに、阿弥陀堂は、御影堂よりも一回り小さいそうです。

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2009年5月27日 (水)

西本願寺門主の消息「聖人のみ教えを受け継ごう」

今年4月に行われた、浄土真宗本願寺派の本山本願寺(西本願寺)にて、門主である大谷光真氏と光淳新門とが出席して、「御影堂平成大修復完成奉告法要」が行われたそうです。(中外日報4月7日付)

この法要後に発布された、門主の「消息」の文言に目を奪われました。

「聖人のみ教えが、御影堂とともに末永く受け継がれますよう努める決意を新たにいたし、ともに大遠忌のご法要をお迎えいたしましょう」

「聖人のみ教え」という言葉がありました。
これまでは、お念仏、お念仏の繰り返しでした。「念仏」が悪いと言っているのではありませんが、では「念仏」とは何ですか、という答えがなかったのです。聞いた門徒は、具体的に何が大事なのか分からず、困っただろうなと思います。念仏を称えればよいのか、と思うでしょう。

それが今回は、「聖人のみ教え」です。
もちろん、それが何かという問題はありますが、これまでに比べて、グッと踏み込まれた内容だと感じました。

ぜひそのように、励んでいただきたいと念じずにはおれません。


ちなみに、この「消息」を受けた総長の“決意表明”が、

「現代社会にお念仏の和が広がるように全力を傾注してまいりたい」……

光真門主の言葉が、宗門内に浸透することを願います。

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2009年4月15日 (水)

大遠忌アーカイブズ3

「中外日報」(平成20年2月14日付)に掲載された、「大遠忌アーカイブズ」の第3回は、昭和36年4月5日の、親鸞聖人700大遠忌法要に際して開かれた、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の布教使大会の様子から書かれています。

 一階の大ホールの収容人員は約七百人。当時としてはかなりの規模。一人の老布教使が意見発表を行なったが、声が隅々にまで行き渡らず、会場からは「声が低いぞ」との野次が……。  この後も「黙れ」「出て行け」などの罵声が飛び交い、「如来の代官」らの演じる時ならぬ激しい言葉の応酬を目の当たりにして、大会に参加していた門信徒らは眉をひそめていたそうだ。  この前日には、大谷光照門主(当時)にあてた血判状を手にした僧侶が、縁儀の最中に内陣に乱入、前卓に駆け上り荘厳を損壊するという事件も起こっている。

これに対して、当時の大谷光照門主は、次のような“消息”を発布しています。

「いやしくも僧侶を生計のてだてと考えるがごときは断じて許されません。懈怠の心の起こるたびごとに、おのれを戒め、伝道に情熱を傾けて、あくまで正法宣布の第一線に立つことを強く望みます」(原文は句読点無し)  700回大遠忌の満座にあたり光照門主は「僧侶への消息」を発布して「衣食住のすべて如来のご用物をいただくという思いに住して」(同)と、寺庭生活の細かな点にも心を配り、僧侶本来のあるべき姿を説いた。

僧侶一人一人が、このとおりに実行していれば、規律正しい仏法者の集まりになるでしょう。
ところが現実は……

「浄土真宗本願寺派」の正式名称や七高僧の名前が書けない。「ご門主て何者なの」と平気で問う。正信偈、葬場勤行ができない。法話ができない。得度習礼と教師教修の各十日間を我慢すればいいと考えている。

パナソニックの社員にたとえれば、
・社名が「松下電器」なのか「パナソニック」なのか分からない
・創業者 松下幸之助の名前が書けない
・パナソニック製品の使い方が分からない
といったところでしょうか。
(私はパナソニック製品大好きです。題材に出してごめんなさい)

こういう反省を踏まえて、750回大遠忌宗門長期振興計画推進協議会には、「伝道者の育成」にかかる協議会という専門部会があるそうです。

この記事の見出しにあるように、「お仏飯いただく自覚を」皆が持てるよう、ぜひとも頑張っていただきたいです。

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2009年4月 7日 (火)

大谷純子さん、得度 →名「光純」・法名「囁如」に

以前にも書いたように(11/17付 「本願寺」トップに純子さん)、宗教法人「本願寺」の次期法主に決まっている、三女の純子(よしこ)さんが、得度式を受け、正式に僧侶となったようです。(「中外日報」3月31日付)

東本願寺大谷家の大谷光道当主(宗教法人本願寺代表役員=法主)の三女で法主後継者の純子さん(27)の得度式が二十八日、京都市右京区嵯峨鳥居本の本願寺で執り行なわれた。得度を受けた純子さんは光道当主から「光純」の名と「囁如(しょうによ)」の法名を授かった。

つまり、僧侶にもなっていなかった段階で、宗教法人のトップになることが内定していたわけで、ちょっと心配になりましたが、純子さんの決意は相当なものでしょうから、ここは応援していきましょう。

光純さんは「僧侶になったが、内面はまだまだこれから。一日一目精進していきたい」と述べ、「歴代の当主がやってきたことを正確に学んで、これからしていくことを整理していきたい」と法嗣としての決意を語った
そうですが、ここは「歴代の当主がやってきたこと」を学ぶ以上に、宗祖・親鸞聖人がなされてきたことも、学んでほしいですね。
得度式を終えて光道当主と光純さんが会見。光道当主は光純さんの法名について、「撮取不捨」から採ったと説明。光純さんは「今の私には非常にもったいない名前。その名に似合うような人になりたい」と述べた。また、「宗祖親鷺聖人が出家された800年前から伝統を守ってきた得度式なので、あらためて伝統を伝えていく責任を感じる」と感想を語った。 その後、光純さんは光道当主とともに初の勤行に出仕、法嗣としての一歩を踏み出した。29日には東山区の大谷祖廟へ参拝し、法嗣となったことを報告した。

伝えていく“伝統”とは何か。得度式を指しているようにも読めますが、大事なのは、やはり親鸞聖人の教えです。
大谷祖廟へ参拝した、ということは、親鸞聖人へご報告したのでしょうから、原点を確認し、「摂取不捨の利益」をあずかる身に、自らもなり、門徒にも伝えていただきたいと思わずにおれません。

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2009年4月 2日 (木)

親鸞聖人御真影が、御影堂に

昨日、京都の西本願寺(浄土真宗本願寺派本山)で、親鸞聖人の「御真影」を、阿弥陀堂から御影堂に戻してご安置する「御動座法要」があったそうです。

御真影とは、木で彫られた、木製座像です。高さは82センチ、幅は108センチとのこと。
ただし、御本尊ではありません。

浄土真宗の御本尊は、「南無阿弥陀仏」の御名号です。
最も尊ぶべき御本尊は何かを、私たちもよくよく知らなければなりませんね。

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2009年3月26日 (木)

大遠忌アーカイブズ2

「大遠忌アーカイブズ」の2回目は、「新しい伝統築くべき時」という見出しになっています。

昭和36年に営まれた700回大遠忌法要にて、前年に得度したばかりの、現在の門主・大谷光真氏が非常な注目を浴びて登場した様が記されています。

「現在、京都市立の尚徳中学に在学中で、今春、東京の麻布高校に進学が決定している少年法嗣だが、身長一メートル七十六センチの長身で、目もあざやかな緋の衣に総つづれ織の七条袈裟を着用、柄香炉を手に安倍大悟式務本部長を僧綱という名のお供にしたがえると、はじめての法要参列とは思えぬ風格」

宗門の期待を一身に背負い、門主となって今日に至ります。
その光真門主からは、「危機」という言葉がよく出てきます。
「こういう伝統的な儀式の執行は今後できなくなるのではないか」
「部分的な変化はあっても本質はあまり変わらない法要が今日まで続いていますが、それでよいのだろうかというのが750回大遠忌に向けての大きな課題です」
「お参りされる方々が門を入ってから出られるまでの間に全体的に宗教的、浄土真宗的なものを体験され、あるいは法要に積極的に参加して一緒にお勤めさせていただくという雰囲気がぜひとも必要」
「宗門について言えば『昔は良かった』ということが多いように思います」

門徒が確保された地位に安住し、布教せずとも人は集まる状態が続いていた現状に対し、危機感を表明しています。
では、どうするのか。
それがないので、この記事では悲観的になるしかありませんが、ぜひとも、浄土真宗が息を吹き返す勝縁としてもらいたいものです。

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2009年3月12日 (木)

大遠忌アーカイブズ

約1年前、『中外日報』紙上にて、親鸞聖人750回大遠忌法要へ向けて、浄土真宗本願寺派(西本願寺)を特集した連載がありました。
タイトルは「大遠忌アーカイブズ~五十年の時を隔てて

アーカイブズとは、ここでは“過去の記録”というような意味でしょうが、日本アーカイブズ学会のサイトには、次のように出ています。

アーカイブズは、団体、家及び個人が作成し、収受し、保存されてきた記録からなり、手書きや印刷された紙媒体のもの、電磁的記録のもの、そしてオーラルヒストリーなどからなっている。

まず1回目は、昭和36年(1961)の親鸞聖人700回大遠忌法要の熱気から書き起こされています。
それによると、参詣者は
650回大遠忌 100万人
700回大遠忌  51万人
750回大遠忌  40万人(予想)

だそうです。

ただ、大事なのは、数ではありません。
注目すべき内容がありましたので、長くなりますが、引用しておきます。

 時計の針を再び昭和三十六年に巻き戻す。
 法要中は、法要の様子がよく見える前方の参拝席をめぐり、団参の引率者と誘導の宗務員の間でトラブルも起こったが、アルバイトの龍谷大学生が「ご開山様の前です」とたしなめると、ピタリとやんだという。
 大谷光照門主(当時)が全法要に出座、縁儀ではゆっくりと参拝者席を一回りしたこと、そして"テレビ参拝"の新語も生んだ28台の有線テレビを参拝席の各所に設置したことなどで、観光気分を引きずった人は少なく「本願寺派の参拝者は行儀が良かった」と当時の本紙は伝えている。
 とかく伝統と格式に縛られがちな法要を、形式主義と一言で切り捨てることはたやすいが、約50年前に「ご開山の尊前」に集まった門侶が醸し出した秩序正しさや「ご開山様」への尊崇の念は、700年の歴史と伝統で培われてきた「土徳」だ。

 3年後に迎える750同大遠忌法要では、現代にマッチした法要・儀式のテストケースとし、シンセサイザーを使用し音楽的要素を随所に織り込むことなどが検討されているが、「現代」を意識し過ぎるあまりに「土徳」が喪われてしまう危険性はないだろうか。
「650同大遠忌の時にはもっとお念仏が堂内に響いたものです。寒さのせいもあるのでしょうが、少し寂しい気がしますね」。肌刺す寒気の中で700回大遠忌初日の勝縁に遇った老女性の声を忘れてはならない。


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2009年3月10日 (火)

西本願寺御影堂改修終了、間もなく一般公開

浄土真宗本願寺派本山・西本願寺の御影堂は、日本最大級の木造建築ですが、この200年ぶりともいわれる大改修が終わったそうです。

1月21日の毎日新聞によれば、

宗祖親鸞の御真影(ごしんねい=木像)を安置する幅62メートル、奥行き48メートル、高さ29メートルの巨大建築。11年からの親鸞聖人750回忌大遠忌法要を控え、98年から総事業費約55億7000万円で大改修していた。境内の阿弥陀堂に仮安置している御真影が4月1日に戻り、道内が一般公開される

そうです。

多くの人に、親鸞聖人の教えを伝える、聞法道場となればいいですね。

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2009年3月 6日 (金)

「親鸞」の本

Amazon で「親鸞」の本のベストセラーを探すと、次のようになっていました。
(平成21年1月31日17:59)


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2009年3月 5日 (木)

僧侶の意識改革

『中外日報』(2月17日付)に、新潟市の曹洞宗住職・加藤朝雄氏の、僧侶への厳しい指摘が掲載されていました。

加藤氏は、布教の対象について、「ありがたいありがたい」と寺にやってくる門徒だけでなく、ズバリ、生き、苦しんでいる、一般市民にこそ斬り込んでいかなければならないのではないかと指摘しています。

伝統宗派には大抵「布教師」と呼ばれる人たちがいます。しかしこの人たちは誰に「布教」をしているのでしょう。おそらく寺院の中で、僧侶仲間や寺族、檀家役員、熱心な信徒たちに向かって説教をしているのではないかと思います。本当に布教せねばならないのは、そういった人たちではありません。寺院に足を向けず、説教など聞こうともしない人たちこそが「布教」の対象なのではないでしょうか。現在、人生に悩んでいる人が行く先は寺院ではありません。「駆け込み寺」という名前の市民グループです。そこで悩みを聞くのは、医師や弁護士、生活相談員といった人々です。本職の僧侶でさえ、そういう所に悩みの相談に行く例があるそうです。伝統宗派の「布教」のあり方は考え直すべきではないでしょうか。
われわれ僧侶は誰に向かってお経を読むのでしょう。死んだ人への読経も大切ですが、生きている人へお経の意義を説くことが本来やるべきことではないでしょうか。

また、「自分の寺には、熱心な門徒がいて、支えてくれるから安心だ」と、傲慢になる僧侶も、このご時世でいまだに存在するというのです。

新たに住職に任命される僧侶の最大関心事が「食べていける寺か」「出世できる寺か」というものになっていると聞きます。寺院を盛り上げることより、初めから寺院にぶら下がろうとする気持の表われです。
また寺院という財産や住職という肩書にしがみつく僧侶も増えています。行きもしない兼務住職地を離さず「小さな寺でも二つ三つ合わせればいい収入になる」と公言する人もいます。
また封建時代そのままのような感覚の僧侶もいます。「檀家は住職の言うことを聞き、住職を支えるお金を納めるべきだ」と豪語する僧侶に出会いました。寺院は住職の城ではなく、檀家も家来ではありません。自然に檀信徒から支えてもらえるような活動を目指すべきではないでしょうか。

一般人からすれば信じられないような話ですが、こんな住職だからこそ、よけいに人々は寄り付かないのでしょう。世間は敏感です。
あぐらをかき、行動しない僧侶をただし、そして自らを律し、本当の親鸞聖人の教えを伝えていかなければなりませんね。


※おまけ

先ごろ麻生総理が使って非難された「さもしい」の語源は「沙門しい」です。物を欲しがるばかりで生産的なことをしない人に対する悪口ですが、現代の沙門はどうでしょう。

これは知りませんでした。勉強になりました。

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2009年1月15日 (木)

デカローソク“に”合掌

今年は、1月14日から16日まで、富山県高岡市伏木の浄土真宗寺院・勝興寺にて、御正忌報恩講「御満座法要」が営まれています。

この名物が、燭台を合わせると高さ3メートルにもなるという「デカローソク」です。
これを2本、本当の左右に並べて、法要を勤めるのです。

そこで、北日本新聞(1/15付)の見出しが、「デカローソクに合掌」。

いったい、御本尊はどこへ……。

勝興寺は、これで喜ぶのでしょうか。

ちなみにデカローソクは、15日は14時から20時まで、16日は10時から12時まで点火されるそうです。
15日17時半からは、同じ高岡市内の真宗寺院住職が、フルートで仏教讃歌を奏でる、とのことです。(あ、終わってしまった)

法話はあるのでしょうか?

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2008年12月26日 (金)

教行信証「坂東本」の“完全複製”が完成

ちょっと古いニュースです。

平成19年5月23日、真宗大谷派(東本願寺)は、現在残る唯一の親鸞聖人真筆とされる『教行信証』坂東本の“完全複製本”が完成したと発表しました。(中外日報 平成19年5月29日付)

坂東本は国宝に指定され、坂東報恩寺から東本願寺に伝わりました。
何しろ唯一の真筆本なので、劣化→消失という最悪の事態は防がなければなりません。
そこで、修復と複製本の制作が進められてきたのです。

今回の複製本は、

デジタルカラー印刷で紙の風合いや墨の濃淡をとらえ、紙継ぎや裏打ち、紙の手触りなども再現されている

とのこと。ぜひ触ってみたいです。

この修復・複製に伴う調査を通じて、親鸞聖人直筆の「角筆」が見つかったのは記憶に新しい(?)発見でした。
これについてはまた後日。

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2008年11月28日 (金)

最近の親鸞聖人「御絵伝」

親鸞聖人の「御絵伝」といえば、覚如上人ですね。
現代に至るまで、伝わっています。
最近(といってもちょっと古いのですが)も、「御絵伝」を1人で描きあげた画家があるそうです。

親鸞の生涯 こん身「御絵伝」 下京の仏画師 手法工夫、3年かけ 京都市下京区の仏画師武田明子さん(44)がこのほど、浄土真宗の宗祖親鸞の生涯を描いた軸装「御絵伝」 を3年がかりで完成させた。下絵に1年かけるなど1人で描き上げた大作に「仏画歴20年の集大成。今あるす べてをつぎこんだ」と話している。 (京都新聞 平成18年10月23日付)

「御絵伝」とは、説法の時、この軸絵を前に掛け、その場面を解説しながら法話をするのに、よく用いられました。
現在でも、この「絵解き」は、行われています。
主に報恩講等の大きな行事で、見られます。

この武田さんの「御絵伝」は、

完成した御絵伝は四幅で、一幅が高さ2メートル、幅90センチ。9歳での得度、29歳での法然への師事や、念仏を広める様子など親鸞の一生を20の場面で絹本に描写している。武田さんは原典の伝絵を分析し、年齢など人物像にこだわって数100人を書き分けた。彩色でも色を塗り重ねて濃淡を強調し、各場面を仕切る雲をぼかすなど従来にない手法を取り入れた。
武田さんは「親鸞聖人の御絵伝を描くのが夢だった。お寺に大切に引き継がれる作品を残せてうれしい」と達成感をみせている。

というものだそうです。

ぜひ、この絵を前に、親鸞聖人の教えを伝えていってもらいたいものですね。

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2008年11月20日 (木)

「他力本願でいこう!」?

西本願寺(浄土真宗本願寺派)の、築地別院(東京都)で、
「本願寺LIVE 他力本願でいこう!2008」
が開催されました。

中外日報(8月28日付)によれば、出演者は、KANいとうせいこうら、6組だそうです。
内陣の巻き障子に、巨大な阿弥陀如来像を投影させ、その前で熱唱したとのこと。
さらに、音楽に合わせて、「ライブハウスさながらにスタンディングで音楽を楽しみ、リズムに合わせて体を揺らし、跳びはねたり声を上げたりした。大音響の音楽とともに石造りの本堂は揺れんばかりの賑わいに」。
(おいおい、本堂ですよ……)

何しろ、1,000人以上の若者が来場したそうです。
その人たちにとっては、場所がどうこうよりも、ミュージシャンのライブが聴きたかっただけでしょう。
中には、仏縁ある人もあったかもしれませんが。
音楽の合間に、法話があったそうですが、
「南無阿弥陀仏は、あなたが大切だという教え」
「あてにならないものを頼りにしない、ということが本当の他力本願」
といった話に、どれだけの人が聞法心を起こしたことでしょう。

人が来ないことには話もできませんので、まず人集めから、というのは分からないでもないですが、親鸞聖人の教えを伝える、本来の寺院であってもらいたいものです。

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2008年11月17日 (月)

「本願寺」トップに純子さん

宗教法人「本願寺」の、大谷光道法主が、後継者を、三女の純子さん(よしこ、と読むらしいです)を指名した、というニュースがいっぱい流れています。

「本願寺」と聞いて、京都の駅前の、東西本願寺のトップが、女性になるのかーという感慨を持った人も多いと思います。
さて、このニュースの「本願寺」とは?

もともと1つであった(当たり前ですが)本願寺は、覚如上人によって基礎が築かれますが、その後、分裂していきます。代表的なのが、石山戦争の戦後処理をめぐって兄弟で対立した結果分立した、
西本願寺(現・浄土真宗本願寺派)
東本願寺(現・真宗大谷派)

です。

そして今回話題になっているのは、この「東本願寺」から分派していったところなのです。

東本願寺は、特に昭和の時代、権力争いや財産争いの嵐が吹き荒れ、世にいう「お東紛争」「お東騒動」が勃発します。
その結果、トップである法主が次々と宗派を離脱するという事態を招き、生まれたのが、
浄土真宗東本願寺派(東京本願寺)や、
本願寺大谷、そして、今回の
本願寺(大谷本願寺)
です。
(詳しくは、上記「お東騒動」の、Wikipediaリンクを参照)


市町村合併により、自治体はかなりまとまりましたが、元は1つの「浄土真宗」、ぜひ親鸞聖人の教えのもとに、統一されてもらいたいですね。

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2008年8月 8日 (金)

洞爺湖サミットと浄土真宗

洞爺湖サミットも無事(?)終わり、環境問題についての関心が、ますます高まっている(はずの)日本です。

そういえば昨年、築地本願寺に、“環境に優しい”カフェがオープンしていたのでした。

仏教は“ロハス”――築地本願寺にカフェがオープン(+D Style News)

築地本願寺によれば、「仏教は“ロハス”」だそうです。
環境を守るのは、いいことですね。

読売新聞では、次のように紹介されていました。

体に伊料理・心に法話…健康は寺の境内から

 寺の境内で体に優しいイタリア料理を味わえるレストラン「カフェ・ド・シンラン」が、東京・中央区の築地本願寺にオープンし、人気を集めている。
 健康と環境に配慮した生活様式「ロハス」を提案し、月刊「ソトコト」を出版する木楽舎が企画した。メニューは国産の雑穀を使ったパスタなどで、店内では法話会などのイベントも開かれる。
 同寺では、「環境が悪くなると自分自身も傷んでくるという考え方が仏教にもあり、企画に賛同した」と話す。問い合わせは同店(電話03・3248・0010)へ。
(2007年9月28日15時37分 読売新聞)

ただ、仏教は、環境保護が目的ではありません。
環境を守り、体と心を大事にして、それでいったい何をするのか。
その、人生の根幹にかかわる部分を、教えられているのが、仏教でしょう。
仏教を説き、聞く場所である寺院で、カフェをやる必要があるのか。
他の何よりも優先して、やるべきことは、カフェなのでしょうか。

今一度、考えてみたいと思います。

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2008年4月15日 (火)

親鸞聖人ツアー

親鸞聖人750回忌は、真宗界の大きな話題です。
聖人は弘長2年11月28日(西暦に直すと1263年1月16日)にお亡くなりになりました。
その750回忌に向けて、各派、さまざまな行事を行っています。
特に東西両本願寺は、「こんな時でなければ」との思いもあって、本山の大修復等、大規模工事に明け暮れています。
そんな中、本願寺派(西本願寺)では、「教えと本願寺の歴史を学ぶツアー」なるものが始まりました。
ほほぅ、それはいいことだ、と思いきや……

親鸞学ぶツアー始まる 750回大遠忌を前に 西本願寺(朝日新聞)

浄土真宗本願寺派の本山・西本願寺(京都市下京区)で、2011年に迎える宗祖・親鸞の750回大遠忌を控え、その教えと本願寺の歴史を学ぶツアーが始まった。3日は、国宝書院「鴻の間」で、約20人が法要で供される精進料理「お斎(とき)」を味わい、国宝飛雲閣で茶道・藪内流のお点前を楽しんだ。

一般紙だからかもしれませんが、「お斎を味わい、お点前を楽しんだ」で終わってしまっては、ガクッ……と来てしまいます。
本来の本願寺は、観光施設ではないでしょう。
「教え」はいったいどこに?

ちなみに、本願寺の持つ宝物が、広島県立美術館で開かれる「本願寺展」で公開されるようです。
個人的には見てみたいですが、建物や美術品ばかりでなく、「親鸞聖人の教え」で注目される浄土真宗でありたいものです。

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2008年3月 6日 (木)

西本願寺・新門が東京へ引っ越し

浄土真宗本願寺派(西本願寺)の次期門主=新門である、大谷光淳氏が、東京へ引っ越すそうです。毎日新聞(2月20日)で報道されていました。

なんでこんなことが一般誌に載っているのかな?と思って読んでみたところ、

新門夫妻が京都以外に拠点を移すのは約400年の宗派の歴史で初めて

なんだそうです。
確かにこれはニュースですね。

ちなみに光淳新門は、ちょうど2年前に、初の
僧籍を持つ一般寺院の女性と、将来の門主が結婚する場合
として、注目を集めました。

この光淳新門と、旧姓:古川流豆美さんとの夫婦が、築地別院の副住職として東京に移り住み、「100万人の新門徒獲得」を目指して活動するそうです。

ぜひ頑張ってもらいたいとは思いますが、それには親鸞聖人の教えを伝えることが大前提。
親鸞聖人のお言葉を抜きにして、「浄土真宗の門徒獲得」などと言ってほしくないですね。
それで100万人、真実信心を獲得されることにでもなれば、蓮如上人のご遺言
あわれあわれ、存命の中に皆々信心決定あれかしと朝夕思いはんべり、まことに宿善まかせとはいいながら、述懐のこころ暫くも止むことなし
にお応えすることにもなるでしょう。

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2008年2月14日 (木)

一向宗の別院で"非一向宗"の集まり開催

昨年12月15日、浄土真宗本願寺派(西本願寺)本願寺築地別院=築地本願寺にて、東京ボーズコレクションが開催されました。
これは何かというと、
「本願寺派、大谷派をはじめ天台宗、真言宗、浄土宗、臨済宗、曹洞宗、日蓮宗の八宗派の僧侶ら」が開いた、「宗派の垣根を越えて協力し」て行われたイベントです。(「中外日報」平成19年11月22日付)

銀座産経新聞」には、以下のように紹介されていました。

築地本願寺で「東京ボーズコレクション」-8宗派の僧侶が会見

 築地本願寺(中央区築地3)で12月15日、宗派を越えたイベント「虹を翔るお坊さん 2007東京ボーズコレクション」が開催される。築地本願寺境内にある「カフェ・ド・シンラン」(中央区築地3)で10月29日に行われた記者発表で明らかになった。

 12月15日には、天台宗、真言宗、浄土宗、臨済宗、曹洞宗、日蓮宗、浄土真宗の有志僧侶が築地本願寺に一堂に会し、世界の平和を願う法要を行う「東京ボーズコレクション法要」が営まれるほか、永六輔さんらが参加する「青空法話会」、座禅や写経などを体験できる「プチ修行と仏教相談」など参加型のイベントも開催される。

協力するのはいいですけれど、なぜ他宗派と協力するのでしょうか。
阿弥陀仏以外には、一切向くなと教えられ、一向専念無量寿仏を徹底された親鸞聖人。その教えを伝えるために、一向宗とまで呼ばれた浄土真宗の、しかも別院で、このような催しが開催される。そのことに親鸞聖人・蓮如上人は、どのような思いをお持ちでしょうか。

 問うていわく、「当流をみな世間に流布して、一向宗と名け候は、いかようなる子細にて候やらん。不審に覚え候」。  答えていわく、「強ちに我が流を一向宗となのることは、別して祖師も定められず。おおよそ阿弥陀仏を一向にたのむによりて、皆人の申しなす故なり。  しかりと雖も、経文に『一向専念無量寿仏』と説きたまう故に、一向に無量寿仏を念ぜよといえる意なるときは、一向宗と申したるも子細なし。さりながら、開山はこの宗をば浄土真宗とこそ定めたまえり。されば一向宗という名言は、更に本宗より申さぬなりと知るべし。  されば自余の浄土宗はもろもろの雑行を許す。わが聖人は雑行をえらびたまう。この故に真実報土の往生を遂ぐるなり。この謂あるが故に、別して真の字を入れたまうなり」。(御文章1帖目15通)

ちなみに東京ボーズコレクションのホームページは、ココ↓です。何ともはや……
http://www.engi.jp/tbc/

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2008年2月 4日 (月)

西本願寺門主「昔はよかった」

1月9日から16日まで、今度は浄土真宗本願寺派本山・西本願寺の報恩講が営まれました。
その時の大谷光真門主の「親教」全文が、「本願寺新報」(2月1日号)に掲載されていましたので、読んでみました。

(前略) 年齢を重ねますと「昔はよかった」という言葉がつい出ますけれども、(中略)宗門のことに限って申しますと、胸の痛むことではありますが、昔の方がよかったと言える事柄がたくさんあります。 (中略) しかし、今を嘆いているだけではどうにもなりません。 (中略) ご家庭での報恩講や法座は、一層難しくなっているかと思いますが、今、言葉通り、報恩の気持ちがわかなくても、各自、わが人生を顧みる機会として、先人が伝えてくださった仏法から何かのヒントを得る機会としてでも、ぜひ受け継いでいただきたいものです。 (後略)

断っておきますが、これは要旨ではありません。
言葉尻をとらえて抜粋したものです。
それにしても、なんという自信のなさ、愚痴っぽい言い訳かと嘆かずにおれないのは、私だけではないでしょう。
家庭法話に至っては、気持ちがなくても、形だけでも、何かのヒントを得る機会としてでも、と、何とも力の入らない消極的なコメント。

親鸞学徒は、祖師聖人の広大なるご恩を知り、恩を感じ、報恩に燃える報恩講とせずにはおれません。
常時前進、過去も大事ですが、限りなく明るい未来に向かって、積極的に進みたいと思います。

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2008年2月 2日 (土)

親鸞聖人の教えは納得できない?本願寺門主発言

昨年(平成19年)11月11日から16日までの6日間、毎年恒例の報恩講が、西本願寺でも開かれました。
タイトルの発言は、この時の、浄土真宗本願寺派門主・大谷光真氏の説教です。

「中外日報」(11月22日付)によれば、大阪市中央区の津村別院にて、15日の逮夜法要の「親教」で、

阿弥陀如来は、私が煩悩を抱えて危うい人生を生きているからこそ、この身このままで救ってくださいます。理屈で納得することではありません。不思議の仏智、人間の知恵では計り知ることのできない阿弥陀如来の智慧の働きです。

と説いたとのことです。

つまり、
親鸞聖人の教えは、理解できなくてもいい。このままで助けてくださるのだから、何もしなくてもいいんだよ。
ということになってしまいませんか?

消極的、退嬰的信仰の指導者たる門主サン。
浄土真宗の教えは、理屈に合わないことなのでしょうか?
正しく、深く理解すれば、勇猛果敢に光に向かって進まずにおれないのが、本当の親鸞聖人の教えではないでしょうか。

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2008年1月29日 (火)

宗門崩壊

「学級崩壊」「年金崩壊」が問題になる中、今度は「宗門崩壊」?

西本願寺が、親鸞聖人750回忌に向け、最重要施策としている「時代を担う『人』の育成」の、「人」の内、特に大事な「伝道者」の候補者の現状が、「中外日報」(19年11月20日付)で報道されていました。

さて、あなたは、宗門関係者か、一般の方か、分かりませんが、とりあえず以下の問題にチャレンジしてみてください。

Q,「西本願寺」の、「宗派」としての正式名称は?

Q,「真宗七高僧」を挙げよ

Q,西本願寺の門主の名前を書け

Q,最近聴聞した法話の中で、心に残った一言を書け


……いかがでしたでしょうか。

 ちなみに、西本願寺の次代を担う、得度習礼の受講者の中には、この問題に答えられない人もあるそうです。
 一般人には分かりにくいものもあるかもしれませんが、この受講者は、もちろん一般人ではありません。
 これから住職となり、門徒の人生をあずかっていく人たちです。
 最後の問題に答えられない、ということは、そもそも仏教の法話を、聴聞したことがないそうなのです。
 こういう人たちが、これからの浄土真宗を背負って立ち、浄土真宗を広めていこう、というのです。
“宗門崩壊”も近い、と推されるのも、無理ないですね。


(ちなみに問題の答えは、順に、以下のとおりです)
「浄土真宗本願寺派」「龍樹・天親・曇鸞・道綽・善導・源信・源空(法然)」「大谷光真」(最後の問題は、それぞれ)

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2008年1月25日 (金)

自殺に対する僧侶の役割

毎日新聞に、

自殺:悩みに僧侶が返信 「手紙で気持ち整理して」--首都圏有志が会結成

という見出しで、自殺対策を行う僧侶の集まりを紹介しています。

「自殺対策に取り組む僧侶の会」では、

自殺に関する悩み相談を手紙で受け、手書きで返信している。「お坊さんとの往復書簡」との試みで、同会は「手紙を書くことで混乱した気持ちを整理してもらうことができる」と自殺予防効果を期待している

そうです。
つまり、自殺するほど思い詰めた人の、気持ちを整理する手伝いをします、ということですね。

それはそれで、いいことだとは思いますが、では、僧侶ができることは、これが最善なのでしょうか。
「気持ちを整理」させることならば、一般人でもできます。
宗教家たる僧侶でなければできないことは、ほかにないのでしょうか。

僧侶が行うことの理由付けを、「メールや電話は思いをすぐ伝えるが、手紙は立ち止まって気持ちを整理できる。ゆったりした時間が流れる寺で過ごす僧侶だからこそ、手紙という方法で自殺に悩む人と向き合える」と話しているようですが、これでは、「僧侶って、暇なのね……」と思われてもしかたありません。

ちなみに、この会は、

浄土真宗、日蓮宗など宗派を超えた都内や千葉、神奈川県などの15人が、自殺者の追悼法要を開くなどしている

とのことです。

ある意味、相反する教えの人が集まっているようです。

なぜ、自殺してはならないのか。

その明快な答えは、親鸞聖人の教えにあるんだ、と、浄土真宗の僧侶なら、断言してもらいたいです。

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2008年1月23日 (水)

大正新脩大蔵経データベース完成?

昨年7月30日、大正新脩大蔵経テキストデータベースの完成記念大会が開催されました。(中外日報8月2日報道)
これは、

『大正新脩大蔵経』全100巻中、図像部を除く85巻をデータベース化し、個人、団体による学術的目的、非営利的目的での利用に限定しての公開をめざした

というものです。

つまり、膨大な大蔵経が、ネットで、テキストを全部公開する、ということで、仏教関係者にとってのみならず、画期的で素晴らしいプロジェクトでした。
それが、完成した、という祝賀会でした。

データを収録したCD-ROMはすでに頒布されたそうですが、「現行のウェブサイトを再構築して、9月公開を目標」とされているネット上の“完成”は、どうやらまだのようです。
一部リンク切れのテキストもありますし、サイトトップページの「来春の訂正版公開にむけて作業中」という表記がずーっと変わりません。
一日も早く、「完成しました!」のお知らせがあることを、待ち望んでいます。

URLは、以下です。
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~sat/

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2007年10月29日 (月)

勝興寺、ただ今第2期工事中

富山県高岡市伏木の古刹、勝興寺の、第2期修理保存工事が、今年3月から始まりました。平成29年度までの予定です。
第1期は、平成10年7月から17年3月まで行われていました。
第2期だけの工事費は、約38億5000万円が見込まれていますが、なぜこんなに巨額を注ぎ込むのかというと、勝興寺が「国指定重要文化財」だからです。

歴史的なことで言えば、

浄土真宗本願寺派の勝興寺は室町時代の文明3(1471)年、現在の南砺市に開いた「土山御坊」が始まり。代々、蓮如上人の子孫が住職を務め、本願寺を支える主要な寺として地位を築き上げてきた。戦国時代には複雑な政治状況の中で、越中一向一揆の旗頭として発展した。(「北日本新聞」平成19年3月20日)

という寺です。
移転を繰り返し、江戸時代には、ご多分に漏れず「帰参・改派」問題に巻き込まれ、なかなか複雑な事情を持つ寺院です。

では、修復したら、どうなるのでしょうか。

同寺は全国有数の規模を誇る浄土真宗寺院で、地元では古くから「ふるこはん」の愛称で親しまれてきた。(中略)国宝指定に期待する声も強く、平成16年秋の本堂完工を機に、地元では観光振興に向けた動きが活発になっている。地元の若手経営者らでつくる伏木商工業青年部会は地域のイベントや寺の法要の際に、参道の空き家で軽食も提供する土産物店をオープンさせた。今年4月9日には、地域挙げてのイベント「ふしき勝興寺門前手づくり市」を企画している。(同)

観光振興に利用するために、40億円近くの巨額を使って、修復することになるのでしょうか。
蓮如上人がご子息を置かれた意味は、観光資源のためだったのでしょうか。

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2007年10月22日 (月)

8月2日の記事で、「参議院選挙 西本願寺推薦者の当落」を書きましたが、僧籍を持つ議員全般について、中外日報に選挙結果のコメントが出ていました。(7月31日)

全日本仏教会は加盟団体から推薦要請のあった20人を会として推薦し、うち13人が当選を果たした。 政党別には自民党が推薦10人に対し当選5人、民主党が同じく8人に対し7人、国民新党が2人に対し1人で、自民の歴史的大敗の影響がここにも表われた。

↑つまり、全日本仏教会の推薦は、当落にはさほど影響なかった、と読めますね。
 ちなみに創価学会=公明党は、改選12に対し当選9(開票当時)ですから、これも影響力が落ちていると言えそうです。


浄土真宗本願寺派(西本願寺)の特別推薦を受けた藤谷光信氏については、

宗門挙げての支援を受けながら獲得票数が約8万票にとどまったことについて、同派幹部は「厳しい数字。この結果を真摯に受けとめ今後に生かしたい」と語っている。
「選挙は結果がすべてだ。しかし、8万票というのは思ったよりもかなり少ないと受けとめざるを得ない数字だ」
   (中略)
各連絡事務所が集めた藤谷氏の後援会への加入者数を集計すると約18万人。8万票はその5割にも満たない数字で、民主党への追い風が吹かねばどうなっていたか分からない。不二川総長も「宗門の組織力の脆弱さが露呈した」と深刻に受けとめている。

とのことです。
この選挙にどこまで力を入れていたかは不明ですが、布教もなされていない現状で、選挙だけお願いしますと言われても、門徒は動かないのではないでしょうか。

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2007年10月19日 (金)

実如真筆の御名号、相次いで発見

富山県で、室町時代の、実如(本願寺9世)真筆の御名号が、相次いで新たに見つかっています。

まず9月29日の北日本新聞では、富山市婦中町の会社役員宅にて、「南無阿弥陀仏」の六字名号が発見されました。富山県公文書館の金龍教英氏によって、実如真筆と鑑定されました。
寺院ではなく、民家から見つかるのは、非常に珍しいそうです。

ちなみにこの記事では、名号本尊について、

門徒宅に仏壇が普及していない江戸時代以前は、門徒が本尊として壁などに掲げ、合掌や礼拝の対象とした。
と説明されています。

そうなんですかね?


さらに10月3日の北日本新聞では、同じく富山市の会社役員宅から、別の実如真筆六字名号が発見されました。
これは、母方の実家が家庭薬配置業(いわゆる売薬さん)に携わっていた縁で、三重県の寺から贈られたものとみられる、とのことです。
上の婦中町の記事を見て、この家の方が、同じく金龍氏に鑑定を依頼し、判明したそうです。

真宗王国ならではの記事ですね。

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2007年8月 2日 (木)

参議院選挙 西本願寺推薦者の当落

7月29日に投開票が行われた、参議院選挙において、西本願寺は15名を推薦しました。
その結果は、どうなったでしょうか。
当落・得票順に、見てみましょう。

(敬称略、数字は得票数)
【選挙区】
○谷川秀善(自民・大阪) 732,175 =宗門特別推薦=
○佐藤公治(民主・広島) 570,823
○松井孝治(民主・京都) 501,979
○林 芳正(自民・山口) 419,947
○松野信夫(民主・熊本) 440,742
○大久保潔重(民主・長崎) 352,953

×三浦一水(自民・熊本) 432,686
×皆吉いなお(民主・鹿児島) 399,877
×小嶺忠敏(自民・長崎) 331,147
×若泉征三(民主・福井) 190,644

【比例】
○自見庄三郎(国民新) 117,590
○藤谷光信(民主) 79,656
 =宗門特別推薦=
×福島啓史郎(自民) 66,088
×関口房朗(国民新) 27,054
×栗原君子(9条ネット) 17,884


大阪選挙区の谷川氏と、比例の藤谷氏が、「宗門特別推薦」。あとは「総長推薦」です。
選挙区では6勝4敗、比例では2勝3敗となっています。
ところがよく見ると、選挙区で、激戦とうたわれた熊本・長崎で、民主と自民、双方を推薦しているのですね。ちなみに、共に民主が勝っています。
結局、当選するために推薦するのではなくて、頼まれたから仕方なく推薦しているのでしょうね。

それよりも、比例区で「宗門特別推薦」を受けた藤谷氏が、8万票に届かない数しか得られなかったのは、これいかに。
一時、2000万門徒と言われた両本願寺。その0.4パーセントということになります。
もちろん、比例区ですから、政党名で投票した人もあれば、意中の候補が別にいた人もあるでしょうが、少ないですよね。
この推薦が、どれほどの意味を持っていたのか、上記の結果からは甚だ疑問です。

ちなみに、比例での最多得票は、創価学会(公明党)の山本香苗。102万票を超えたそうです。議席を減らしたとはいえ、創価学会の選挙での組織力は、健在のようです。宗教活動の場である「創価学会の会館」で、選挙の練習をしていた、っていうくらいですからね。

まあ、本願寺も、選挙になったら燃える、というよりは、本来の“布教”に熱心になってもらったほうが、いいですけれど。

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2007年5月14日 (月)

西本願寺の寺宝をデジタルアーカイブ化

「中外日報」5月1日号の記事からです。
浄土真宗本願寺派(西本願寺)では、この4月から2年8か月かけて、「障壁画、襖絵、天井画、巻子など約2400点の文化財、法宝物を映像データに記録する」そうです。

龍谷大学には、「古典籍デジタルアーカイブ研究センター」というところがあり、ここが監修して、

書院や国宝・飛雲閣の傷みの激しい障壁画や襖絵、天井画、損傷の恐れのある文化財、法宝物を保存、保護するとともに、その姿を長く後世に伝えるために実施されるもの

だそうです。
それはそれで結構ですが、現在の本願寺には、石山戦争後に天皇から受け取った“宝物”等、本来浄土真宗とは何の関係もない物が、いくつか国宝となって残されています。
それらの保存を優先して、肝心の親鸞聖人の教えを忘れ去ることのないように、念じたいと思います。

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2007年4月27日 (金)

本願寺の憲法(戦時教学)

今年の2月25日、相国寺承天閣美術館(京都市上京区)にて、「国家の憲法と宗教団体の憲法」をテーマとした研究会が開かれました。これは、京都仏教会が開いている会ですが、今回は平野武・龍谷大学教授が講師となったそうです。(中外日報 3月3日号より)
その中で、本願寺の寺法について、分析されたことが書かれていました。

近代日本の国家体制を作っていった時期に当たる明治13年に、寺法は制定されました。大日本帝国憲法の、約10年前です。
それが、第二次大戦でピークを迎える、天皇制ファシズムの時代に入り、

本願寺派は、神祇不拝を放棄し、戦時教学を取り入れる。宗教団体法施行(昭和15年)後に制定された真宗本願寺派宗制(16年)では「王法為本ノ宗風ヲ顕揚ス是レ立教開宗ノ本源ナリ」と宣言するに至る

と、本願寺挙げて前面的に戦争協力を行います。
(戦時教学・戦争協力については、当の本願寺さんから詳しく本が出ていますので、詳述しません)

その後、新憲法(日本国憲法)制定の動きに合わせて、新宗制・新宗法が制定されていくわけですが、これによって、世俗法と宗教法とが、密接に関連して作り上げられてきたことが分かります。
となれば、今後も、政治体制の変化によって、どうにでも変わることがある、ということでしょうか。
戦時中、『教行信証』の一部を削ったように、宗祖親鸞聖人の教えを変えて伝えていくことだけは、やめてほしいものです。そうなれば、もはや浄土真宗ではなくなってしまいますから。

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2007年3月28日 (水)

750回忌への最大の課題

 1年ほど前、新聞に、浄土真宗教学伝道研究センター所長・上山大峻氏の文章が掲載されていました。
 その一部を記してみます。

 もともと親鸞が「念仏往生」の道を選択したのは、彼の時代が最悪の「末法」の時代環境にあったためであった。仏教という宗教は一言一句を変えてはならない啓示宗教と違って、時代や人間の能力の違いに応じて「教え」の方を変化させながら、より効果的にその内容を相手に伝える特性をもつ。親鸞もそれに従った。しかし、彼が時代に対応する教えとして選んだ「他力本願」の教えは、仏教の常道に反するものだとして、当時の権威から激しい非難を受けることになった。それでも彼がその成仏得道を貫いたのは、末法の時代では、すべての人々の成仏を可能にする道は、それ以外にはないと確信したからであった。 (中略)  しかし、現代の大多数の人々に教えの内容が伝わらないとすれば、信者の再生産は途絶え、教団は次第に衰退の道をたどることになろう。  この時代転換は、親鸞が経験した「末法」のそれに匹敵するものかもしれない。時代を科学以前に戻すことがもはや不可能であるとすれば、親鸞を貫くすべての人々を救う願いを回復させるには、どうしたらいいだろうか。親鸞、今にいませば、ぜひアドバイスを受けたい。いずれにしても、「教え」の方を時代に対応させてゆく工夫は避けられないであろう。七百五十回遠忌にあたっての最大の課題であろう。

 上山氏によれば、「仏教は、時代や人間の能力の違いに応じて、『教え』は変わるもの」ということになります。
 では、仏教において、守らなければならないものとは、何なのでしょうか。
 仏教は、「仏」の説かれた「教え」、ということですが、その教えが変化させられるものだとするなら、仏教そのものの本質が変わってしまうことにならないでしょうか。
 本質が変わってしまったら、それはもはや「仏教」と呼べないのでは。
「教え」を変化させても、「これこそ仏教だ」というものは、いったい、何でしょうか。

 また、「他力本願」は、時代に対応させるために、「親鸞聖人が選んだ」ものだったのか。
 上山氏のスタンスは、あくまで「時代」「環境」を優先し、それに「教え」を迎合させていくべきだ、と読めます。
 それなら、教団として広めるべきものはいったい何か。その根本すら危うくなります。
 親鸞聖人の教えは、時代や国境を越えて、普遍の真実だ、と断言できる自信が、ないようです。残念です。

 上山氏の言う「教え」とはいったい何か、伺いたいものです。

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2006年11月30日 (木)

「親鸞」関連本ランキング

平成18年11月末現在の、「親鸞」でのAmazonランキング情報です。

1,

なぜ生きる なぜ生きる

著者:高森 顕徹,明橋 大二,伊藤 健太郎
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2,

梅原猛の『歎異抄』入門 梅原猛の『歎異抄』入門

著者:梅原 猛
販売元:PHP研究所
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3,

親鸞の不在証明 親鸞の不在証明

著者:鯨 統一郎
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4,

親鸞の告白 親鸞の告白

著者:梅原 猛
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5,

現代語訳 歎異抄 現代語訳 歎異抄

著者:親鸞
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6,

図解雑学 親鸞 図解雑学 親鸞

著者:仙波 芳一
販売元:ナツメ社
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7,

目からウロコの親鸞聖人と浄土真宗―念仏のみで救われる他力本願の教え 目からウロコの親鸞聖人と浄土真宗―念仏のみで救われる他力本願の教え

著者:山崎 龍明
販売元:学習研究社
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8,

教行信証 教行信証

著者:金子 大栄,親鸞
販売元:岩波書店
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9,

無宗教からの『歎異抄』読解 無宗教からの『歎異抄』読解

著者:阿満 利麿
販売元:筑摩書房
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10,

こころをさなき世界のために―親鸞から学ぶ「地球幼年期」のメソッド こころをさなき世界のために―親鸞から学ぶ「地球幼年期」のメソッド

著者:森 達也
販売元:洋泉社
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やはり、歎異鈔関連本が多いですね。


《今日のリンク》
浄土真宗を憂う 東本願寺の姿

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2006年11月29日 (水)

東本願寺で坂東曲

昨日11月28日は、旧暦での親鸞聖人ご命日です。
そこで、報恩講の締めくくりの日として、真宗大谷派本山・東本願寺にて、「坂東曲(ばんどうぶし)」が行われました。

これは、親鸞聖人が越後への道中、嵐で揺れる船上にて念仏を称えた故事によるとされる行事で、僧侶が正座して、上半身を激しく揺らしながら念仏を称えるものです。

参詣者は、興味半分で見ている人も多かったでしょうが、どうしてこのようなことを行うのかの説明は、どれほどあったのでしょうか。
親鸞聖人流刑の意味を伝えるいいご縁だったと思うのですが、私は参加しなかったので分かりません。
多くの方が来られていたでしょうから、ぜひ、越後まで行かれた親鸞聖人の教えを、伝えてもらいたいものです。

《今日のリンク》
浄土真宗Watch

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2006年11月22日 (水)

最古の「正信偈」

「中外日報」(4月18日付)の記事からです。

有名な「正信偈」は、元々親鸞聖人の主著『教行信証』行巻の一部です。
この「正信念仏偈」を、別帖化した最古のお聖教が、本願寺に残っています。その奥書には「釈存如」と書かれています。 つまり、

存如上人は、現在の真宗で最もなじみの深い聖教「正信偈」を書写してその普及に努め、また、難解な漢文ではなく和語で著わされた「三帖和讃」(「浄土和讃」「高僧和讃」「正像末和讃」)も書写して各地の寺院等へ授与するなど広く民衆に浄土真宗の教えが伝わるようにした。
 そして、同上人の後を継いだ蓮如上人は、これを「正信偈・和讃」として一つにまとめ、『御文章』などとともに民衆教化に活用して教線を拡張、今日の教団の礎を築くが、その萌芽は存如上人の教化伝道にあり、同上人の本願寺再興に果たした功績は大きい。

ということだそうです。
これに伴って、大谷光真門主が、
存如上人は蓮如上人の活躍を築いたという点で大切な方。翻って私たちは次の時代のために種をまき苗を育てているでしょうかと反省させられます。

と述べています。

で、どうなんでしょうか。種をまき、苗を育てていらっしゃいますか?
「反省」という言葉は、安易に使ってしまうと、とても軽く感じられます。
ぜひとも、この荒れた現代に、意義ある行動をお願いいたします。

《今日のリンク》
浄土真宗 講座

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2006年8月 8日 (火)

「中外日報」で靖国特集

「中外日報」(8月3日付)に、靖国問題が特集されていました。

東京大学大学院教授・高橋哲哉氏と、元龍谷大学長・信楽峻麿氏、大阪大学名誉教授・加地伸行氏が、それぞれの立場から論じています。
高橋氏は哲学者。信楽氏は真宗僧侶。加地氏は儒教の学者ですが、それぞれたいへん読み応えのある文章でした。

こういう正論が、現場では、感情にごまかされて、通らないところに、もどかしさがあります。
正しいことを正しいと判断できない人間の迷いの深さを、毎年この時期には痛感させられます。
特に靖国問題になると、論理をはねつける風潮が、日本には多いと感じています。

この記事、多くの人に読んでもらいたいですね。

《今日のリンク》
親鸞会・本願寺情報

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2006年4月20日 (木)

真宗宗歌

「真宗宗歌」について、「中外日報」(4月8日付)に紹介がありました。これは、真宗宗歌を手話で表現した楽譜ができたという記事の一部です。

「真宗宗歌」は、大正12年(1923)の立教開宗700年を迎えて、本願寺派、大谷派など真宗十派が真宗各派協和会(現・真宗教団連合)を結成した際に作成された。作曲は島崎赤太郎氏、歌詞は新聞を通じ一般公募され、三重県亀山市の真宗大谷派の僧侶、土呂基氏の作がほぼ原文通りに採用されている。

《今日のリンク》
親鸞会と真宗改革

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2006年4月18日 (火)

真宗王国の歴史紹介

北日本新聞(4月18日付)に、「真宗王国の歴史紹介」という見出しで、井波歴史民俗資料館(富山県南砺市高瀬)で開催中の企画展「戦国の寺・城・いくさ─南砺の城と人─」が紹介されています。6月25日までだそうです。

展示品は、
井波町絵図……1710年。井波の最古の町絵図。
杉谷山瑞泉寺御坊鋪地絵図……1775年。真宗大谷派井波別院瑞泉寺を中心に、庄川や周囲の景観が描かれている。
佐々成政制札……1583年。五箇山の赤尾での乱暴や放火などを禁じている。
井波城航空写真……旧瑞泉寺跡。
赤尾道宗覚書……写真複製。
などです。

6月3日朝9時からは、道宗道(どうしゅうみち)を散策する現地見学会があり、4日朝9時半からは近くの高瀬公民館で研究発表シンポジウムが開かれるとのことです。

《今日のリンク》
だから親鸞会に入った 寺の被害者

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2006年4月17日 (月)

おてらdeらいぶ2

12月10日に、富山市浄徳寺での「おてらdeらいぶ」の記事を書きましたが、4月22日に、2回目が行われるそうです。

北日本新聞(4月16日付)によれば、真宗大谷派(東本願寺)の同寺を会場とし、三味線・サックス・パーカッション等の演奏がなされるそうです。出演は、
実力派民謡グループ「シバッチーズ」(柴田康夫代表)
Nobu(サックス奏者)
ヤマダベン(パーカッション奏者)

らです。

内容は、県民謡、津軽三味線、美空ひばりメドレー等だそうです。

目的は

「何といっても演奏者と観客との距離が近い。生で聴く楽しさを味わってほしい」
「普段洋楽を聴かないお年寄りや、民謡を聴かない子どもたちに、新たな音楽の魅力を感じてもらいたい」

ということだそうです。

誰が読んでも、県民会館や公民館で開かれる内容だと思うでしょうね。
「お寺」と何の関係があるのやら……。他にやることないからですかね。
ちなみに見出しは「本堂がライブハウス」。
「お寺」って、いったい何のためにあるのか、考えさせてくれるライブです。

《今日のリンク》
親鸞会ちゃんねる

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2006年4月 6日 (木)

女性僧侶ブログが人気

真宗大谷派(東本願寺)西蓮寺=福岡県北九州市門司区=の僧侶兼アナウンサー・川村妙慶さんのブログが大人気だそうです。
ロココスタイル

Yahoo!ニュースでは、以下のように紹介されています。

 北九州市門司区にある西蓮寺の僧侶、川村妙慶(みょうけい)さん(41)のホームページ(HP)が人気だ。ブログ(日記風インターネットサイト)に掲載する法話やメールによる相談が好評で、寄せられるメールは月に700件超。川村さんは「気軽に仏教の教えに触れて、心の支えになれば」と話している。

 「観念とは目を閉じ念ずること。今の自分に問う時間を持ちましょう」

 「日替わり法話」と題したブログでは、川村さんが時事ニュースや身近な話題を例に、仏教の思想や用語をかみ砕いて説明する。最近では、マンション耐震偽装問題などが世間を騒がす中、過剰な利益追求で、仕事への夢や情熱を忘れてしまうこともあると書き、「観念」の大切さを訴えた。

 メール相談には無料で応じる。相談は恋愛に悩む女性から、仕事や家庭に問題を抱える団塊の世代まで、さまざまだ。

 HPを立ち上げたのは5年前。情報技術(IT)関連会社の友人の悩みを聞き、仏教の考え方を紹介すると、「もっと気軽に法話を紹介してみては」と、勧められた。昨夏からはブログを使って毎日、内容を更新している。

 川村さんは同寺の住職(故人)の長女として生まれ、21歳で得度したが、社会に出て就職しようと、放送タレントとして働いた。そこで、出世へのねたみや人をけ落とす激しい競争を経験。ついて行けずに悩む人の姿も見た。その中で支えになったのが、仏法。「仏教をもっと若い人たちにも広めたい」と、30歳で寺の仕事を手伝うようになった。

 HP開設以来、口コミで広がりアクセスやメールの数は年々増加。川村さんは、悩みを誰にも相談できずにいる人が多いことを思い知ったという。「顔を明かさずにすむインターネットの利点を生かして、少しでも悩みをはき出してほしい」と話している。

 HPアドレスはhttp://homepage3.nifty.com/sairenji/ =2006/04/04付 西日本新聞夕刊=


 積極的な発言は、素晴らしいと思います。
 どんどん発信してこそ、親しまれる寺院になると考えていますから。
 それに、曲がりなりとも「法話」を日替わり更新しているのは、すごいと思いました。
 ライブ等、仏教と関係ないことで人を引きつけようとしている寺院って、多いですからね。ところによってはクリスマスパーティーだったり。

 これで、親鸞聖人のお言葉を出して、親鸞聖人の教えを伝えていってくれたら、「3パーセント教団」も、動き出すのではないでしょうか(あ、これは西でしたか)。

 脱線せずに、がんばってもらいたいものです。

《今日のリンク》
浄土真宗を憂う 西本願寺の姿

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2006年4月 5日 (水)

西本願寺が新雑誌発行

浄土真宗本願寺派(西本願寺)が、「団塊の世代、さらにその子どもらの団塊の世代ジュニアを対象とした新雑誌」を発行することになりました。(「中外日報」3月25日付より)

平成23年の「親鸞聖人750回大遠忌」への「宗門長期振興計画」の一つとして、来年(平成19年)から、財団法人仏教総合研究所(仮称)の設立準備を始め、この研究所の活動として、新雑誌発行を計画しているそうです。

ムック形式をとり、
「大遠忌の事前キャンペーンを期す告知型の定期刊行物」
「A4判またはB5判でページ数は110ページ程度」
「人生をテーマとし1号ごとの特集で構成」
「ビジュアルなグラフ誌より、読みやすい文章をメーンとする」
「定価は1,500円以内」
というスタイルとなるようです。

「浄土真宗に理解のある豊富な執筆陣を擁する」出版社に業務委託して進めるらしいので、実際は、その研究所のメンバーが執筆するのではなさそうです。

そして、もとより採算が取れないことが分かっているので、本願寺派が2.7億円を拠出する予定となっています。
しかしながら、宗派内においても、「金だけ出さされて、出版社に母屋を取られる」「『人生』をテーマにした雑誌はたくさんある。部数を確保できるのか」という心配がすでに挙がっているようで、先行きは全くの不透明です。

それでも、

何とかこの人(団塊の世代)たちに浄土真宗の教えを受けとめていただいて

という願いは素晴らしいと思います。
ぜひとも浄土真宗の教えを、分かりやすく伝える雑誌となることを期待しています。


《今日のリンク》
浄土真宗親鸞会 新宗教の風土

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2006年3月23日 (木)

西本願寺新門の危機感

浄土真宗本願寺派(西本願寺)の大谷光淳新門が、今月13日に行われた中央仏教学院の卒業式で、祝辞を述べたそうです。それは、1年間「歎異抄要義」という講義を受け持っていたためです。
その祝辞では、

寺院や僧侶の将来は非常に困難な中にあります。法務をしていれば生活できる世の中ではもはやありません。

と危機感を表明しています。さらに自身の決意として

一人の念仏者として皆さんとともに浄土真宗のみ教えを伝えていくことができるよう努めさせていただきたい。

と訴えました。(「中外日報」3月21日付)

大谷光真門主も「3%教団」発言など、たびたび危機感を表明しています。
首都圏だけでなく、全国的に観光施設と化している寺院を、どのように私たちの人生と関わるものにしていくのか。
がんばってほしいものです。


《今日のリンク》

浄土真宗親鸞会と東西本願寺


メディアの見た親鸞会


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2006年3月20日 (月)

龍谷大学大宮図書館リニューアル

「中外日報」2月23日付の記事からです。ちょっと古いですが。

浄土真宗本願寺派(西本願寺)の宗門校である龍谷大学の、大宮図書館が、改修工事を終えて2月17日に竣工式が行われたそうです。

大宮図書館は、65万冊の蔵書があるそうで、建築は昭和11年(1936)というものです。
今回の改修は、古い建物を残しながらの工事ということで、なかなか大変だったようです。
工期は2年7か月、工費はなんと23億円もかけての全面改修でした。

1階には本願寺史料研究所が置かれているそうです。これについてはまた別に書きたいと思います。

せっかくの図書館、学生も、どんどん親鸞聖人の教えを学んでもらいたいですね。

《今日のリンク》

浄土真宗親鸞会の真実


親鸞会とは


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2006年3月15日 (水)

中央公論は西本願寺生まれ

『中央公論』4月号に、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の大谷光真門主のインタビューが掲載されています。
なんでかな、と思ったら、『中央公論』は、西本願寺から生まれたんですね。『中央公論』のインタビュアーが、次のように言っています。

明治19年に西本願寺の普通教校有志が組織した「反省会」の発足をもって、創業としております。また「反省会」が翌年創刊した『反省会雑誌』が、その後、『中央公論』誌に発展しました。

知りませんでした。

さて、肝心の門主発言ですが、
「不安になります」「非常に大きな問題ではないかと思います」「宗教にとっても大きな問題だと思います」「元気な間の宗教的な縁ということを大事にしたいと思っております」「まだまだできることはたくさんあるはずです」「まったく予想はつきませんが、教団の立場ですと、なんとかしなければならない、と思っています」「私にもよくわかりませんが」「実践が伝わらないのは残念です」
といった感じで、とにかく曖昧な印象をぬぐえません。
では、宗教者として、何をしようというのか。本願寺門主として、何ができるのか。具体的に言ってほしかった。
この記事を読んで、「そうか、本願寺もこういうことをしようとしているのか。がんばっているな」と思う人は、どれだけあるでしょうか。
あまりにものんびりしすぎている感じを受ける人は、少なくないでしょう。

《今日のリンク》

親鸞会 岐阜


浄土真宗親鸞会と真宗改革

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2006年3月14日 (火)

恵信尼公廟所の整備が進んでいます

「本願寺新報」(3月1日付)からの情報です。

新潟県上越市板倉区にある恵信尼の廟所を、西本願寺国府別院が整備を進めています。
平成16年7月から始めて、ほぼ完了したそうです。
見出しは「事業の完遂に向けて 仏婦総連盟 協力を呼びかけ」です。
何の協力かと思えば、「お金を出してください」ということ。
1口1,800円だそうです。郵便振替口座の番号まで書かれています。

さてこの整備事業は、恵信尼廟所に隣接する6,155平方メートルの土地を購入して、駐車場や礼拝区域を設けたとのことです。

そして旧板倉町が、廟所周辺の約23,000平方メートルを造成して「ゑしんの里記念館」を建設したそうです。これは昨年8月にすでに完成しており、「ゑしんミュージアム」・観光情報コーナー・特産品販売コーナー、そして恵信尼関連の資料展示コーナーなどがあります。

私も数年前に1度、廟所に行ったことがありますが、非常に寂しい場所でした。ほかに人もいませんでしたし。

「本願寺新報」では、

仏婦総連盟では、これまで「恵信尼さまの顕彰に務め、『こぶしの森金庫』への献金を勧める」を重点目標の一つに掲げ、仏婦会員のみならず広く献金を呼びかける

と書かれていますが、どうなりますでしょうか。

恵信尼の手紙は、親鸞聖人の実像を知るうえで、大変貴重な史料です。恵信尼を通して、親鸞聖人の本当の姿が、もっともっと分かってくれば、と思います。


《今日のリンク》

ちょっと一息ためになる話


浄土真宗親鸞会 総合リンク集

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2006年3月 8日 (水)

僧籍を持つ一般寺院の女性と、将来の門主が結婚する場合

3月25日、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の大谷光真の長男・光淳氏が、宮崎県・信楽寺の古川流豆美さんと結婚します。おめでたいことではありますが、本山は大変なようです。

決まり1
本山本願寺の衆徒は、「住職(門主)の二親等以内の血族」(本願寺寺法)

決まり2
本山の衆徒は「門主及び新門の血族二親等までのもの」(僧侶規定第6条)

決まり3
「衆徒は、結婚その他の理由で他の寺院の戸籍に入ったときは、直ちに当該寺院にその僧籍を移さなければならない」(僧侶規定第8条)


今回ややこしいのは、流豆美さんはすでに僧籍を持っているからです。
つまり、結婚によって直ちに当該寺院(→本山本願寺)に僧籍を移さなければなりませんが、一方、本山の衆徒(住職以外の僧侶)は「血族」でなければなりません。ここに矛盾が生じます。

「中外日報」(2月23日付)では、以下のように解説しています。

これまで本願寺の住職、門主後継者が宗内の一般寺院から僧籍を持つ子女を嫁に迎えた前例はなく、本願寺の衆徒を「二親等以内の血族」に限定しても特に問題は無かった。しかし、このたび、光淳新門と結婚する流豆美さんは、僧籍を持つ一般寺院の子女。宗門にとっては“想定外”の事態であり、これまでの“不文律”の枠内での対応では、無理が生じかねない。

ということは、門主・次期門主が結婚する相手は、同じく僧籍を持つ立場の人ではない、外部から迎えるか、もしくは血族から探す、というのが前提だったということでしょう。またそれが実際に行われてきた、ということになります。
本願寺は、11世顕如光佐が門跡に列せられて以来、皇室との結びつきを深め、近代においても縁戚関係を保っています。そして貴族階級から嫁を迎えることが多く、特権階級に住していたためです。

歴代門主の子女では、得度したのは光真現門主の長女・真利子さんが初めてというのも驚きです。一家挙げて、僧侶となって、布教に邁進していたのかと思いました。

このたびの結婚を機に、庶民にも身近な門主・教団となってもらいたいものです。

《今日のリンク》

同窓会サークル 親鸞会


親鸞会 watch

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2006年2月23日 (木)

宗門校でも「おかみそり」

浄土真宗本願寺派本山・西本願寺系列の相愛学園にて、20日、「帰敬式(おかみそり)」が行われました。高校、短大、大学から希望者を募って毎年実施されているものです。今年は185人が参加したそうです。

目的は、「卒業後も信仰を持ち続けてもらう」こと。
大いにけっこうなことだと思います。

出席者代表の高校生は、
「お念仏のみ教えを大切にし、苦しみや悩みの多い人生を力強く生き抜く」
と誓い、大谷光真門主は
「親鸞聖人の心を人生の指針として歩んでほしい」
との言葉を述べたそうです。

ただ心配なのは、こういう言葉を聞いても、具体性がないことです。
発表した高校生も、ではどのように生きるのか、実際にはどうすればよいのか、イメージできているのでしょうか。
ぜひ言葉どおりに、力強く生き抜いてもらいたいものです。

京都新聞より)


《今日のリンク》

浄土真宗講座


花と緑の親鸞会

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2006年2月14日 (火)

高岡・勝興寺、修復工事まだまだ続行

富山県高岡市の西本願寺寺院・雲龍山勝興寺は、昨年5月、6年かかった本堂の修復工事を終え、落慶法要が営まれました。

勝興寺は、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の古刹として、戦国時代から続く歴史ある寺院で、江戸時代には越中のまとめ役といった立場でした。
現在も行われている御満座法要(親鸞聖人報恩講)は、かつてはバス数台を連ねて門徒が集まったといわれ、「ここを見ておけば、京都の本山に行っても驚かない」とまで称される偉容を誇ります。御満座法要については、1月18日に書きました。

工事はあれで終わったのかなぁと思っていたら、実はまだまだ続くようです。
国の重要文化財に指定されている建物が、本堂以外にも12件あり、これから13年かけて、順次修復工事を行う予定だと、朝日新聞に報道されていました。

歴史に関心がある立場としては、新たな発見があるかも、と楽しみではあるのですが、近くに住む人の話では、集金が厳しいらしいです。何せ総工費38億5400万円(!)が見込まれているのです。ひぇー

歴史上の文化財としてでなく、現在も生きる聞法道場としても、フル活用してもらいたいものです。

※勝興寺については、伏木商工業青年部会のサイトに詳しく紹介されています。


《今日のリンク》
親鸞会の真実
親鸞会 会館案内
浄土真宗親鸞会について

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2006年2月 7日 (火)

富山市の寺院で劇(枕石寺の由来)

今日、富山市堤町通りにある正興寺で、親鸞聖人の遺徳をしのぶ劇が、門徒有志によって行われるそうです(北日本新聞より)。

演題は「枕石寺の由来」。有名な、日野左衛門の話です。門徒6人が演じる、とのことです。
「枕石寺」は、親鸞聖人が門前で、石を枕に休んだというエピソードから、名づけられたと言われています。

この寺院は、毎月7日に「蓮如講」を開いて、住職と門徒が社会問題や人生について話し合っているそうです。今回は初めて、劇に挑戦しました。

毎月集まるのは、いいことですね。ぜひ親鸞聖人や蓮如上人の言葉について、話し合って、理解して、広めてもらいたいものです。


《今日のリンク》
第2親鸞会
浄土真宗親鸞会 名古屋
親鸞会 Watch

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2006年2月 6日 (月)

西本願寺の表門が開きました

12月19日に本ブログでも書きましたが(西本願寺放火犯へ地裁判決)、昨年9月に、浄土真宗本願寺派本山本願寺(西本願寺)に男が乱入し、灯油をまくという物騒な事件がありました。
この影響で、西本願寺の表門にあたる、御影堂門が、ずっと閉鎖されていました。

その門が、年が明けて1月の20日、やっと開門されたそうです。
「中外日報」(1月24日付)によれば、

この門が正保元年(1644)の創建以来常時閉鎖されたのは江戸時代中期に起こった宗門最大の法論とされる「三業惑乱」で、幕府から百日間の閉門を命じられて以来のこと

だそうです。
企業ならば、営業停止に当たるのでしょうかね。分かりませんが。外れていたらごめんなさい。

今回は140日間、閉じられていたそうですから、三業惑乱をしのぐ期間だったということ。
いかに当局の恐怖、警戒が強かったかが分かります。

でも、早く開けてほしいという声が、それほど強くなかったために、ここまで長引いた、とも言えるでしょうね。


《今日のリンク》
浄土真宗親鸞会への
疑問質問

メディアの見た親鸞会
親鸞会 秋田

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2006年2月 1日 (水)

家庭でのおつとめの風景

「本願寺新報」(17年12月1日号)のコラムは、なかなか鋭いものでした。

10月20日号の1面トップ記事が、広島県安芸太田町加計のある家庭で、毎夕、領解文を仏前で拝読している、というニュースでした。

これがそもそも「ニュース」なのか。コラムでは、「少なくとも40年前までであれば、このようなことは本紙のニュースにはならなかった」、つまり「普段見られる日常的な出来事」であって、わざわざ新聞記事になるような内容ではなかった、というのです。
浄土真宗門徒の一般家庭では、朝晩、仏前で、親鸞聖人の書き残された「正信偈」と、蓮如上人の書かれた「御文(御文章)」を拝読すること(勤行)が、習慣になっていました。
それを始められたのが蓮如上人です。
ところが今日、その勤行が、ほとんど行われていない実態を指摘しているのが、このコラムでしょう。

以前に聞いたニュースでは、寺院においても、勤行をしていない僧侶がけっこう多いらしいのです。これには愕然としました。
まあ、家が寺だから、しかたなく跡を継いだ、という住職も多いので、必然かもしれませんが。

真宗王国といわれる北陸では、りっぱな仏壇がある家が多いです。
「物」としてではなく、阿弥陀仏のまします所として、大切にしたいですね。


《今日のリンク》
親鸞会ブログwatch
なぜ私は親鸞会を~を読んで
親鸞会と本願寺

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2006年1月24日 (火)

親鸞聖人の教えは哲学を通して解釈?

「中外日報」(1月21日付)によれば、今月18日・25日・2月8日の3回にわたって、世俗化した現代社会に親鸞聖人の教えを正しく伝えるためにはどうすればよいのかをテーマに、仏教セミナーが開かれたそうです。会場は、京都市下京区の教学伝道研究センターです。

第1回となった18日は、石田慶和・龍谷大学名誉教授が、

現代人に(親鸞聖人の)宗教的世界観の意味を伝えるには、西田幾多郎、田辺元、西谷啓治、武内義範ら仏教の心理を明らかにしようとした京都学派らの施策をベースとした「哲学的理解」が必要

と述べたということです。

京都学派のフィルターを通して、親鸞聖人を解釈する、ということですが、ちょうど東本願寺の清沢満之が、西洋哲学を通して親鸞聖人を理解しようとしたのを想起させます。

哲学者がこのような方法をとるのは分かりますが、龍谷大学の真宗学者ならば、もっとストレートに『教行信証』を読み解くことはできないものでしょうか。


《今日のリンク》
浄土真宗講座 親鸞会
自殺サイト
浄土真宗親鸞会ちゃんねる

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2006年1月18日 (水)

勝興寺御満座の報道がありません……

富山県高岡市伏木古国府にある、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の大寺院・勝興寺の御満座法要(親鸞聖人御正忌報恩講)が終わりました。14日から16日までの3日間だけでしたが、どんな感じだっただろうかと新聞を見ていたのですが、終了後の記事がありません。富山県最大の新聞「北日本新聞」でさえ、ライブドア問題に多くの紙面を使っていて、勝興寺はまったくなし。「富山新聞」も含めて、2日目の様子は報道されていますが、年々報道が簡略化されていきます。寂しいものです。

そんな中、今年最大の話題は、デカローソク
高さ1.35メートルの燭台と、1.8メートルのロウソクを新調し、2本設置されました。
新聞に掲載された写真も、まずデカローソクをメインにしたものが多く、ロウソクの展示会みたい。

落慶法要が5月にあったとはいえ、1年間で最大の行事のはずですから、どれくらいの盛況だったのでしょうかね。


《今日のリンク》
浄土真宗親鸞会批判の真実
親鸞会 鹿児島・宮崎
親鸞会 本願寺

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2006年1月16日 (月)

飛騨市の「三寺まいり」

昨日(15日)夜、岐阜県飛騨市古川町の伝統行事「三寺まいり(さんてらまいり)」が、行われました。2万8千人が訪れたそうです。
この行事は、親鸞聖人のご命日にちなみ、町内の円光寺・真宗寺・本光寺の3寺を回って、遺徳をしのぶものです。
大正時代には野麦峠を越えて信州へ出稼ぎに行った女性が着飾って参加し、男女の出会いの場として親しまれたことから、縁結びの行事ともいわれています。

親鸞聖人のご命日は、旧暦11月28日、新暦1月16日にあたる、ということで、この時期には親鸞聖人関連の行事が多く行われます。
大谷派(東本願寺)では旧暦、本願寺派(西本願寺)では新暦を採用しているので、全国の親鸞聖人関連の行事のピークは2回、あることになります。
この三寺まいりは、西本願寺の行事です。

そもそもこの由来は、真宗寺・本光寺が東から西に転派したことから始まったそうで、ここに東西の転派問題、門徒の争奪戦が激しかった江戸時代の真宗界の争乱を彷彿とさせます。
(参考:蕪水亭 ホームページ


《今日のリンク》
浄土真宗親鸞会 家族の会
仏教講座
親鸞会 三河

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2006年1月13日 (金)

「親鸞」本ベスト10

久しぶりに、Amazonで「親鸞」の本を探してみますと、以下のようになっていました。
それにしても吉川英治の『親鸞』はすごいですね。ベスト10に3冊も入っています。
私も吉川ファンの1人ではありますが。

親鸞の告白 親鸞の告白

著者:梅原 猛
販売元:小学館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

こころをさなき世界のために―親鸞から学ぶ「地球幼年期」のメソッド こころをさなき世界のために―親鸞から学ぶ「地球幼年期」のメソッド

著者:森 達也
販売元:洋泉社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

今に生きる親鸞 今に生きる親鸞

著者:吉本 隆明
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

親鸞〈1〉 親鸞〈1〉

著者:吉川 英治
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

法然と親鸞の信仰 上 (1) 法然と親鸞の信仰 上 (1)

著者:倉田 百三
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

図解雑学 親鸞 図解雑学 親鸞

著者:仙波 芳一
販売元:ナツメ社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

親鸞〈3〉 親鸞〈3〉

著者:吉川 英治
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

親鸞〈2〉 親鸞〈2〉

著者:吉川 英治
販売元:講談社
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親鸞と暗闇をやぶる力―宗教という生きる知恵 親鸞と暗闇をやぶる力―宗教という生きる知恵

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ひろさちやの「親鸞」を読む ひろさちやの「親鸞」を読む

著者:ひろ さちや
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2006年1月11日 (水)

西本願寺法主から高岡城主・前田利長への書状が公開

先月、「西本願寺法主より高岡城主が優位」という記事を書きましたが、話題にした書状が、明日12日から富山県の高岡市立中央図書館にて公開展示されることになりました(北日本新聞)。
2月15日まで展示されます。

この間、高岡市博物館所蔵の前田利長画像(複製)なども公開されます。


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2006年1月 5日 (木)

西本願寺門主と五木寛之の対談

平成18年1月1日、朝日新聞に、浄土真宗本願寺派(西本願寺)門主の大谷光真氏と、作家の五木寛之氏との対談が、大きく掲載されました。

新年早々、力の入った企画です。
さて、その結論は……。

大谷「親鸞聖人が、こうおっしゃったとか、教えはこうだ、というだけでは不十分だと思います。2011年に親鸞聖人の750回大遠忌を迎えますが、教えを聞いた私が、どういう生き方をしているのかを発表しないことには、法要の意味は十分ではない。要するに自分の答えですね。親鸞聖人に代わって、自分で考えてみてください。正しい答えでなくてもいい。それぞれが受け止めたことを発表していただきたいのです」

つまり、親鸞聖人の教えを伝えるだけでは不十分。自分の考えを表明してこそ、十分だ、と、親鸞聖人の「末裔」である本願寺門主が述べています。

まずその教えを伝えているかどうかが、まず大事ではありますが、「自分の答え」が親鸞聖人の教えから外れていては、もはや浄土真宗ではありません。

本当に門主としての立場でおっしゃっているのか、それともこれは、「私人」としてのコメントでしょうか?


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2005年12月22日 (木)

西本願寺法主より高岡城主が優位

北日本新聞(12月17日付)によれば、富山県・高岡の開祖である前田利長(加賀藩2代藩主。前田利家の嫡男)が高岡入城の際に、西本願寺法主・准如に宛てた書状が発見されたそうです。
利長が魚津城から高岡城に転居した折、准如が祝いの品を贈っており、その返礼状のようです。その品とは「杉原紙10束と酒の肴」だったそうです。
慶長14年(1609)9月15日の日付で、「用事があれば、越中までお越しください」と書かれています。これによって北日本新聞では、「利長が下向を要求し、優位性を誇示している」と評しています。
そして、なぜ准如が利長に祝いを贈ったのかと言えば、
「自らが率いる西本願寺に対して兄の教如が7年前に東本願寺を創建し、門徒集団が分裂したことが背景にあるとみられる。北陸の門徒を自派に引き入れようと、兄弟が前田家にさまざまな接近を図っている。慶事に准如がすかさず贈り物をし、利長の歓心を買おうとした政治的行動との見方が強い」
ということだそうです。
権力との関係は、難しいものですね。

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2005年12月21日 (水)

大谷光真・西本願寺門主の講演

 今年4月、京都の立命館大学にて、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の大谷光真門主の講演が行われました。
(読売新聞より)
「日本最大の伝統宗門トップが学生らに語りかけるのは極めて異例だ」そうです。

 「『現場なき教学』と言われ、仏教教団でも理論と現場の食い違いが課題」と明かす。会場から「社会に向け具体的にどんな活動をしているのか」と問われ、「自信を持っては答えられない」とした言葉が、困難な現状を象徴しているように思えた。
 まさにそのとおりだと思います。さすが鋭い分析をなさっています。
「理論と現場の食い違い」といわれますが、浄土真宗の教義の本を読んで書いてあることと、実際の布教とが、どうも合っていないように感じられます。

 今後は、社会に向け、自信を持って「これをやっています」という活動を期待したいものです。
 もちろん、親鸞聖人の教えを伝える、という範囲においてですが。

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2005年12月20日 (火)

東西本願寺ですす払い

 岐阜新聞のニュースからです。
 本日朝から、京都の東本願寺・西本願寺で、年末恒例の「すす払い」があったそうです。
 東本願寺の阿弥陀堂では約200人、西本願寺の阿弥陀堂では約500人が参加したそうです。
 かっぽう着やマスク姿で、堂内に積もった1年間のほこりをあおぎ出すのですが、毎年不思議に思うのは、どうしてそんなにほこりをためるのでしょうか?ということです。
 こまめに掃除しないんですかね? 仏法が説かれる大切な場所なのに。
「もうもうと舞い上がる白いほこりを後ろから、長さ約2メートルの大うちわであおいで外に払った」
とありますから、よくテレビでイラクで砂ぼこりが巻き上がる様子が放映される、あんな感じですかね。私は行ったことがなくてよく分からないのですが。
 それでも、西本願寺では30分くらいで終わったそうですので、大掃除というよりは、あくまで行事なのかもしれません。「すす払いは本願寺中興の祖・蓮如時代から約500年続く伝統行事」だそうですから。
 それでも、行事は行事として、聞法道場でほこりが舞い上がるような状態のまま放っておくことのないようにお願いしたいものです。

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2005年12月19日 (月)

西本願寺放火犯へ地裁判決

 読売新聞のニュースからです。
 9月に、浄土真宗本願寺派本山・西本願寺の阿弥陀堂に侵入し、放火しようとして灯油をまいた男に、京都地裁は懲役6年を言い渡しました。
 巻き添えになってケガ人や死者などが出なかったのは、何よりでした。

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2005年12月16日 (金)

「仏教を見直す」って……

 同じく『中外日報』12月13日付よりのニュースです。
 香川県観音寺市内の超宗派の住職でつくるグループ(代表は浄土真宗本願寺派=西本願寺=某住職)が、「佛教を見直す」というテーマでシンポジウムを開き、仏教者の役割について討論したそうです。
 そこで、仏教が葬式や法事などの儀式だけにとどまっているという指摘に対し、「葬儀を営む意義は大きく葬儀に臨んで初めて無常観に目覚め、死を身近な問題としてとらえられる」などの意見が出たとのことです。
 一方「僧侶が葬祭業者のスタッフでしかない」とか「(葬式・法事が)業者主導のきらいがある」などの指摘もあがったと書かれています。

「仏教を見直す」と言っても、これでは「葬儀を見直す」になってしまわないでしょうか。
 僧侶と業者で死者の奪い合いをして、ハゲタカのような葬式仏教、という指摘をまさにそのまま象徴するシンポジウムになってしまっているような感じがします。
 僧侶・仏教者の本分は何でしょうか。布教でしょうか、葬儀でしょうか。親鸞聖人の教えを伝えることこそ、僧侶の使命だと思うのですが、いかがなものでしょうか。

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2005年12月15日 (木)

そもそも「門徒」って?

 平成23年(2011)には、親鸞聖人750回忌が各地で行われる予定になっています。
 浄土真宗本願寺派(西本願寺)の「親鸞聖人七百五十回大遠忌宗門長期振興計画」の「目玉」が、首都圏での「新たな100万人の門徒の誕生」だそうです。(中外日報12月13日付より)
 では、その「門徒」とは何かというと……
・仏教や真宗に興味を持つ人
・従来のタイプよりもう少し広い意味で宗門に関心を持つ、何かの時に交流できる新たなタイプの門信徒

という人たちを念頭においているようです。
 まあ、確かに「3%教団」と門主自身が危機感を覚えるほど、首都圏において衰退著しい身にしてみれば、何とか増やしたい、という思いは分かりますが、このような人たちも「門徒」と呼ぶならば、どんな人でも門徒になってしまうのではないでしょうか?
 親鸞聖人に少しでも「興味を持つ」人は、ものすごい数にのぼると思います。「何かの時に交流できる」人ならば、寺院でライブをやる若者も「門徒」になります。そういう人が増えていって、それで「100万人の新たな門徒」の誕生、と喜べるのでしょうか?
 浄土真宗の教えを、自分自身の問題として聞き求める人こそが、増えてほしいものです。

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2005年12月12日 (月)

本願寺派の教学制度

 浄土真宗の教学制度は、派によっていろいろ違いがありますが、『中外日報』(11月22日付)に本願寺派(西本願寺)の制度が紹介されていましたので、書いてみます。

宗門内の教学に関する地位
(上から)勧学司教補教助教得業

最高機関勧学寮
  最高責任者が勧学寮頭
  構成員が勧学寮員
     ……「勧学」という学位を有する僧侶から選出される

勧学
     ……「司教」から選考される
  勧学の選考基準は、
   1 司教に昇階した順序
   2 教学研鑚行事「安居」の出講回数(3回以上)
  と伝えられています。

 ところが、上記の基準を満たし、ここ数回の勧学昇階者よりも先に「司教昇階」していた紅楳英顕氏が、今回も「勧学指名」から外されたそうです。これに関して、記事執筆者の松井順嗣氏(本願寺派浄福寺住職)は、疑問を呈しています。(ちなみに氏によれば、ここ数回の勧学昇階者の中には「安居」出講2回の人もあったそうです)
 総局や勧学寮にも質問書を送付しましたが、返答がなく、定期宗会の議題としたいとして議員78名に「質問書」と「返信書」のコピーを送付したうえで、『中外日報』に投稿した、とのことでした。
 その経緯も詳しく書かれていますが、確かに、どうして質問に回答されないのかな、と疑問に思いました。

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2005年12月10日 (土)

富山市でもライブ

 先日、大谷派本山でのライブのことを書きましたが、今度は富山市の本願寺派(西本願寺)浄徳寺にて、「おてらdeらいぶ(略称・てらいぶ)」が行われるそうです。

(ここに情報あり→http://www.bloc.jp/nobusax/

 北日本新聞によると、市内の「よさこい」チームが、会場を探していて、雅楽をたしなむ同寺住職に相談したところ、寺で開催されることになったとのことです。

 住職は「もともと寺は、地域の人にとって身近な存在。ふれあいの場になればうれしい」と語っていますが、一方出演者代表は「聴いた人が幸せになれるようなライブにしたい」と言っています。うまくかみ合うのでしょうか?

 いずれにしろ、親鸞聖人の教えを伝える場となってほしいものです。

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2005年12月 9日 (金)

浄土真宗と差別問題

 第二次大戦中、宗教界、特に浄土真宗は、政府の戦争推進に全面的に協力し、「皇道真宗」とまで名乗って戦争協力を推し進めたことは有名ですが、もう一つ、批判されている姿勢として、いわゆる「部落差別」問題があります。差別を受けるのも、過去の業なのだからと忍従を強いたことが、昨今、強く反省を促されています。本も多数出ていますね。例えば……

Book 差別と真宗

著者:仲尾 俊博,仲尾 孝誠
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親鸞と差別問題 Book 親鸞と差別問題

著者:小武 正教
販売元:法蔵館
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 逆に、一切の差別を離れ、万人が平等の世界を明らかにしていかれたのが親鸞聖人でした。その視点からは、こんな本もありました。

Book 親鸞 差別解放の思想と足跡―中世民衆と親鸞の旅

著者:武田 鏡村
販売元:三一書房
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 最近にも、悪質な差別投書事件がよくあるそうです。これらの事件をテーマにした「宗会基幹運動研修会(本願寺派)」が、本日午後、行われたとのことです。

 今でも大阪周辺では、差別問題は日常生活に影を落としているそうです。すべての人が「人間に生まれてよかった」と喜べるようにしたいですね。

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2005年12月 7日 (水)

浄土真宗のライブ

 真宗大谷派(東本願寺)の報恩講では、「ライブ・イン・浄土の真宗」が行われました。

 親鸞聖人のご和讃からヒントを得て、「若者が奏でるメッセージ性に富んだ音楽が、約400人の聴衆を魅了した」とありました。

 これで、寺離れが激しい若者も、親鸞聖人の教えを聞くようになれば、よいことです。

 問題は、ライブで終わらず、そこに親鸞聖人の教えをいかに訴えていくか、ではないでしょうか。

(京都新聞より)

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2005年12月 5日 (月)

大谷派の報恩講

 11月21日から28日まで、真宗大谷派の本山で、親鸞聖人報恩講が行われました。

『中外日報』によると、その内容は、「大谷暢順門首が、本尊左脇に安置された親鸞聖人の真影に向かって着座。法要を親修した。内陣と外陣には、本山堂衆や一般寺院の住職ら計150人ほどの僧侶が出仕。正信偈や和讃を唱えた。」とあります。つまり、勤行をしたのですね。で、それで終わり? まあこれは初日なので、この後に法話があるのでしょう。『中外日報』には初日の様子しか報道されていませんからね。

 御満座に参った人の話では、阿弥陀堂で行われていたために、人があふれていたそうです。『中外日報』では、初日の参詣者は約1,300人。期間中の総数は2万人が見込まれていたそうです。

(中外日報 11月26日付より)

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2005年12月 2日 (金)

「大谷本願寺」の御本尊は……

「お東紛争」の終局に伴い、真宗大谷派本山・東本願寺境内の「門首邸」を引き払った大谷家25代当主・光道氏が、右京区に寺院を建立しました。その名も「大谷本願寺」。

 その完成の法要が報道されていました。写真もあって、分かりやすいです。新しい所はいいですね。御本尊は、「大谷家の内仏の宗祖・親鸞の木像と阿弥陀如来像」とのこと。これまた新しい(親鸞聖人のことを考えれば)。

 特に東本願寺は、紛争により、分裂を繰り返して、あきれられてしまいました。一般の人が仏縁を結ばれるためにも、今後このような醜態は終わりにしてほしいものです。

京都新聞11月27日記事より

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2005年11月30日 (水)

最も大切な「教え」を発信する施設

「『ハコモノはもう要らない』との声も聞きますが、もっとも大切な教えを発信するような施設が今までなかったことの方が、私は不思議でなりません」

 浄土真宗本願寺派の第279回定期宗会にて、北海道教区の新人僧侶議員が、こう発言したという。

 いや、ごもっとも。ではどんな施設を?

 親鸞聖人750回大遠忌法要の目玉として、本山境内地に「本願寺メッセホール」を建設する。1階に、音と映像で浄土真宗の教えを体感できる空間。2階は「釈尊ホール」、仏教東漸の資史料を展示。3階は「しんらんホール」、親鸞聖人の教えと生涯を学ぶ資史料を展示。そして4階が「ピースホール」で、戦争と平和、環境問題、差別と人権に関する資史料を展示するという。

 何となく、これまでの傾向と代わり映えのしないような気がするのは私だけか。これで「最も大切な教え」をどれだけ発信できるのか、もう少し踏み込んだ提言が欲しい。

 ちなみに、同議員は「親鸞聖人の肉声を再現し、バーチャル映像とともに参拝者へのメッセージを流せば」とも提案したそうだが、できたら驚き。ただし、10年余り前に、「宗祖の肉声を再現するなどとは恐れ多い」との理由で、すでに頓挫したことがあるとか。

(中外日報 平成17年11月17日号より)

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