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2009年3月12日 (木)

大遠忌アーカイブズ

約1年前、『中外日報』紙上にて、親鸞聖人750回大遠忌法要へ向けて、浄土真宗本願寺派(西本願寺)を特集した連載がありました。
タイトルは「大遠忌アーカイブズ~五十年の時を隔てて

アーカイブズとは、ここでは“過去の記録”というような意味でしょうが、日本アーカイブズ学会のサイトには、次のように出ています。

アーカイブズは、団体、家及び個人が作成し、収受し、保存されてきた記録からなり、手書きや印刷された紙媒体のもの、電磁的記録のもの、そしてオーラルヒストリーなどからなっている。

まず1回目は、昭和36年(1961)の親鸞聖人700回大遠忌法要の熱気から書き起こされています。
それによると、参詣者は
650回大遠忌 100万人
700回大遠忌  51万人
750回大遠忌  40万人(予想)

だそうです。

ただ、大事なのは、数ではありません。
注目すべき内容がありましたので、長くなりますが、引用しておきます。

 時計の針を再び昭和三十六年に巻き戻す。
 法要中は、法要の様子がよく見える前方の参拝席をめぐり、団参の引率者と誘導の宗務員の間でトラブルも起こったが、アルバイトの龍谷大学生が「ご開山様の前です」とたしなめると、ピタリとやんだという。
 大谷光照門主(当時)が全法要に出座、縁儀ではゆっくりと参拝者席を一回りしたこと、そして"テレビ参拝"の新語も生んだ28台の有線テレビを参拝席の各所に設置したことなどで、観光気分を引きずった人は少なく「本願寺派の参拝者は行儀が良かった」と当時の本紙は伝えている。
 とかく伝統と格式に縛られがちな法要を、形式主義と一言で切り捨てることはたやすいが、約50年前に「ご開山の尊前」に集まった門侶が醸し出した秩序正しさや「ご開山様」への尊崇の念は、700年の歴史と伝統で培われてきた「土徳」だ。

 3年後に迎える750同大遠忌法要では、現代にマッチした法要・儀式のテストケースとし、シンセサイザーを使用し音楽的要素を随所に織り込むことなどが検討されているが、「現代」を意識し過ぎるあまりに「土徳」が喪われてしまう危険性はないだろうか。
「650同大遠忌の時にはもっとお念仏が堂内に響いたものです。寒さのせいもあるのでしょうが、少し寂しい気がしますね」。肌刺す寒気の中で700回大遠忌初日の勝縁に遇った老女性の声を忘れてはならない。


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