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2008年11月28日 (金)

最近の親鸞聖人「御絵伝」

親鸞聖人の「御絵伝」といえば、覚如上人ですね。
現代に至るまで、伝わっています。
最近(といってもちょっと古いのですが)も、「御絵伝」を1人で描きあげた画家があるそうです。

親鸞の生涯 こん身「御絵伝」 下京の仏画師 手法工夫、3年かけ 京都市下京区の仏画師武田明子さん(44)がこのほど、浄土真宗の宗祖親鸞の生涯を描いた軸装「御絵伝」 を3年がかりで完成させた。下絵に1年かけるなど1人で描き上げた大作に「仏画歴20年の集大成。今あるす べてをつぎこんだ」と話している。 (京都新聞 平成18年10月23日付)

「御絵伝」とは、説法の時、この軸絵を前に掛け、その場面を解説しながら法話をするのに、よく用いられました。
現在でも、この「絵解き」は、行われています。
主に報恩講等の大きな行事で、見られます。

この武田さんの「御絵伝」は、

完成した御絵伝は四幅で、一幅が高さ2メートル、幅90センチ。9歳での得度、29歳での法然への師事や、念仏を広める様子など親鸞の一生を20の場面で絹本に描写している。武田さんは原典の伝絵を分析し、年齢など人物像にこだわって数100人を書き分けた。彩色でも色を塗り重ねて濃淡を強調し、各場面を仕切る雲をぼかすなど従来にない手法を取り入れた。
武田さんは「親鸞聖人の御絵伝を描くのが夢だった。お寺に大切に引き継がれる作品を残せてうれしい」と達成感をみせている。

というものだそうです。

ぜひ、この絵を前に、親鸞聖人の教えを伝えていってもらいたいものですね。

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2008年11月20日 (木)

「他力本願でいこう!」?

西本願寺(浄土真宗本願寺派)の、築地別院(東京都)で、
「本願寺LIVE 他力本願でいこう!2008」
が開催されました。

中外日報(8月28日付)によれば、出演者は、KANいとうせいこうら、6組だそうです。
内陣の巻き障子に、巨大な阿弥陀如来像を投影させ、その前で熱唱したとのこと。
さらに、音楽に合わせて、「ライブハウスさながらにスタンディングで音楽を楽しみ、リズムに合わせて体を揺らし、跳びはねたり声を上げたりした。大音響の音楽とともに石造りの本堂は揺れんばかりの賑わいに」。
(おいおい、本堂ですよ……)

何しろ、1,000人以上の若者が来場したそうです。
その人たちにとっては、場所がどうこうよりも、ミュージシャンのライブが聴きたかっただけでしょう。
中には、仏縁ある人もあったかもしれませんが。
音楽の合間に、法話があったそうですが、
「南無阿弥陀仏は、あなたが大切だという教え」
「あてにならないものを頼りにしない、ということが本当の他力本願」
といった話に、どれだけの人が聞法心を起こしたことでしょう。

人が来ないことには話もできませんので、まず人集めから、というのは分からないでもないですが、親鸞聖人の教えを伝える、本来の寺院であってもらいたいものです。

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2008年11月17日 (月)

「本願寺」トップに純子さん

宗教法人「本願寺」の、大谷光道法主が、後継者を、三女の純子さん(よしこ、と読むらしいです)を指名した、というニュースがいっぱい流れています。

「本願寺」と聞いて、京都の駅前の、東西本願寺のトップが、女性になるのかーという感慨を持った人も多いと思います。
さて、このニュースの「本願寺」とは?

もともと1つであった(当たり前ですが)本願寺は、覚如上人によって基礎が築かれますが、その後、分裂していきます。代表的なのが、石山戦争の戦後処理をめぐって兄弟で対立した結果分立した、
西本願寺(現・浄土真宗本願寺派)
東本願寺(現・真宗大谷派)

です。

そして今回話題になっているのは、この「東本願寺」から分派していったところなのです。

東本願寺は、特に昭和の時代、権力争いや財産争いの嵐が吹き荒れ、世にいう「お東紛争」「お東騒動」が勃発します。
その結果、トップである法主が次々と宗派を離脱するという事態を招き、生まれたのが、
浄土真宗東本願寺派(東京本願寺)や、
本願寺大谷、そして、今回の
本願寺(大谷本願寺)
です。
(詳しくは、上記「お東騒動」の、Wikipediaリンクを参照)


市町村合併により、自治体はかなりまとまりましたが、元は1つの「浄土真宗」、ぜひ親鸞聖人の教えのもとに、統一されてもらいたいですね。

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