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2007年4月27日 (金)

本願寺の憲法(戦時教学)

今年の2月25日、相国寺承天閣美術館(京都市上京区)にて、「国家の憲法と宗教団体の憲法」をテーマとした研究会が開かれました。これは、京都仏教会が開いている会ですが、今回は平野武・龍谷大学教授が講師となったそうです。(中外日報 3月3日号より)
その中で、本願寺の寺法について、分析されたことが書かれていました。

近代日本の国家体制を作っていった時期に当たる明治13年に、寺法は制定されました。大日本帝国憲法の、約10年前です。
それが、第二次大戦でピークを迎える、天皇制ファシズムの時代に入り、

本願寺派は、神祇不拝を放棄し、戦時教学を取り入れる。宗教団体法施行(昭和15年)後に制定された真宗本願寺派宗制(16年)では「王法為本ノ宗風ヲ顕揚ス是レ立教開宗ノ本源ナリ」と宣言するに至る

と、本願寺挙げて前面的に戦争協力を行います。
(戦時教学・戦争協力については、当の本願寺さんから詳しく本が出ていますので、詳述しません)

その後、新憲法(日本国憲法)制定の動きに合わせて、新宗制・新宗法が制定されていくわけですが、これによって、世俗法と宗教法とが、密接に関連して作り上げられてきたことが分かります。
となれば、今後も、政治体制の変化によって、どうにでも変わることがある、ということでしょうか。
戦時中、『教行信証』の一部を削ったように、宗祖親鸞聖人の教えを変えて伝えていくことだけは、やめてほしいものです。そうなれば、もはや浄土真宗ではなくなってしまいますから。

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