中央公論は西本願寺生まれ
『中央公論』4月号に、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の大谷光真門主のインタビューが掲載されています。
なんでかな、と思ったら、『中央公論』は、西本願寺から生まれたんですね。『中央公論』のインタビュアーが、次のように言っています。
明治19年に西本願寺の普通教校有志が組織した「反省会」の発足をもって、創業としております。また「反省会」が翌年創刊した『反省会雑誌』が、その後、『中央公論』誌に発展しました。
知りませんでした。
さて、肝心の門主発言ですが、
「不安になります」「非常に大きな問題ではないかと思います」「宗教にとっても大きな問題だと思います」「元気な間の宗教的な縁ということを大事にしたいと思っております」「まだまだできることはたくさんあるはずです」「まったく予想はつきませんが、教団の立場ですと、なんとかしなければならない、と思っています」「私にもよくわかりませんが」「実践が伝わらないのは残念です」
といった感じで、とにかく曖昧な印象をぬぐえません。
では、宗教者として、何をしようというのか。本願寺門主として、何ができるのか。具体的に言ってほしかった。
この記事を読んで、「そうか、本願寺もこういうことをしようとしているのか。がんばっているな」と思う人は、どれだけあるでしょうか。
あまりにものんびりしすぎている感じを受ける人は、少なくないでしょう。
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コメント
そうだったんですか。結構初耳でした。
投稿: 親鸞会会員 | 2006年3月19日 (日) 11時57分