2009年6月 9日 (火)

本願寺派監正局長は元プロ野球コミッショナー

「中外日報」(5月23日付)に、こんな見出しがありました。

本願寺派監正局長に根來泰周氏を三選 元東京高検検事長

根来泰周氏(簡単な字で書きます)といえば、プロ野球(特にパ・リーグの)ファンにはおなじみ。
オリックス・ブルーウェーブと大阪近鉄バファローズの合併問題や、オリックス・バファローズと福岡ソフトバンクホークスの間でのジェルミー・パウエル(JP)二重契約問題の勃発時に、
「私には権限がない」
を繰り返し、問題が長引いた一因を作った人、というイメージが強烈にあります。
確かに、法的にいったら、日本野球機構(NPB)のコミッショナーって、何の権限もないのかもしれませんが、何らかのリーダーシップを発揮してほしかった。
特に某当事者球団のファンとしては……。

話題が本ブログから、だいぶ、ずれそうですので戻しますと、その根来さんが、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の監正局長に再々任されたそうです。どうやら、ご本人は辞退したのですが、宗法の改正等で大きな問題を抱えている西本願寺にとって、法律の「プロ」である根来さんの力を必要とした模様。
コミッショナーも、辞めることになってから、代行時代が長かったですね。

Wikipediaを見ると、確かに華々しい経歴。
そのプロの力を、ぜひとも発揮して、成果をあげていただきたいものです。

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2009年6月 1日 (月)

西本願寺御影堂の広さ

浄土真宗本願寺派(西本願寺)の、御影堂への「御動座」が、4月1日に行われました。
その詳細を、「中外日報」(5月16日付)が「本願寺御影堂平成大修復完成記念」として、報じています。

その記事中で、リニューアルされた御影堂の広さが書かれていました。
細かく書かれていて、へぇ~と思いましたので、メモしておきます。

総御堂から御影堂への道中(約300メートル)に要した時間は約30分。光真門主、光淳新門、範子裏方、流豆美新裏方、そして外陣の左右を埋めた門侶に迎えられ御影堂に到着した御真影は、50年ぶりに大掛かりな修復が施され金箔の輝きもまぶしい内陣中央の厨子に安置され、御動座は無事に終了した。 この後、午後2時半からは御動座法要(五会念仏作法)。441畳敷きの外陣(内陣は282畳敷き)はすでに正午ごろから満堂の状態。
と、このように書かれていました。 つまり、御影堂は、内陣外陣合わせて、282+441=723畳、ということですね。 木造建築として世界最大級というのも、うなずけます。

ぜひ、法悦あふれる、聞法の場として活用してもらいたいですね。

ちなみに、阿弥陀堂は、御影堂よりも一回り小さいそうです。

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2009年5月27日 (水)

西本願寺門主の消息「聖人のみ教えを受け継ごう」

今年4月に行われた、浄土真宗本願寺派の本山本願寺(西本願寺)にて、門主である大谷光真氏と光淳新門とが出席して、「御影堂平成大修復完成奉告法要」が行われたそうです。(中外日報4月7日付)

この法要後に発布された、門主の「消息」の文言に目を奪われました。

「聖人のみ教えが、御影堂とともに末永く受け継がれますよう努める決意を新たにいたし、ともに大遠忌のご法要をお迎えいたしましょう」

「聖人のみ教え」という言葉がありました。
これまでは、お念仏、お念仏の繰り返しでした。「念仏」が悪いと言っているのではありませんが、では「念仏」とは何ですか、という答えがなかったのです。聞いた門徒は、具体的に何が大事なのか分からず、困っただろうなと思います。念仏を称えればよいのか、と思うでしょう。

それが今回は、「聖人のみ教え」です。
もちろん、それが何かという問題はありますが、これまでに比べて、グッと踏み込まれた内容だと感じました。

ぜひそのように、励んでいただきたいと念じずにはおれません。


ちなみに、この「消息」を受けた総長の“決意表明”が、

「現代社会にお念仏の和が広がるように全力を傾注してまいりたい」……

光真門主の言葉が、宗門内に浸透することを願います。

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2009年4月15日 (水)

大遠忌アーカイブズ3

「中外日報」(平成20年2月14日付)に掲載された、「大遠忌アーカイブズ」の第3回は、昭和36年4月5日の、親鸞聖人700大遠忌法要に際して開かれた、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の布教使大会の様子から書かれています。

 一階の大ホールの収容人員は約七百人。当時としてはかなりの規模。一人の老布教使が意見発表を行なったが、声が隅々にまで行き渡らず、会場からは「声が低いぞ」との野次が……。  この後も「黙れ」「出て行け」などの罵声が飛び交い、「如来の代官」らの演じる時ならぬ激しい言葉の応酬を目の当たりにして、大会に参加していた門信徒らは眉をひそめていたそうだ。  この前日には、大谷光照門主(当時)にあてた血判状を手にした僧侶が、縁儀の最中に内陣に乱入、前卓に駆け上り荘厳を損壊するという事件も起こっている。

これに対して、当時の大谷光照門主は、次のような“消息”を発布しています。

「いやしくも僧侶を生計のてだてと考えるがごときは断じて許されません。懈怠の心の起こるたびごとに、おのれを戒め、伝道に情熱を傾けて、あくまで正法宣布の第一線に立つことを強く望みます」(原文は句読点無し)  700回大遠忌の満座にあたり光照門主は「僧侶への消息」を発布して「衣食住のすべて如来のご用物をいただくという思いに住して」(同)と、寺庭生活の細かな点にも心を配り、僧侶本来のあるべき姿を説いた。

僧侶一人一人が、このとおりに実行していれば、規律正しい仏法者の集まりになるでしょう。
ところが現実は……

「浄土真宗本願寺派」の正式名称や七高僧の名前が書けない。「ご門主て何者なの」と平気で問う。正信偈、葬場勤行ができない。法話ができない。得度習礼と教師教修の各十日間を我慢すればいいと考えている。

パナソニックの社員にたとえれば、
・社名が「松下電器」なのか「パナソニック」なのか分からない
・創業者 松下幸之助の名前が書けない
・パナソニック製品の使い方が分からない
といったところでしょうか。
(私はパナソニック製品大好きです。題材に出してごめんなさい)

こういう反省を踏まえて、750回大遠忌宗門長期振興計画推進協議会には、「伝道者の育成」にかかる協議会という専門部会があるそうです。

この記事の見出しにあるように、「お仏飯いただく自覚を」皆が持てるよう、ぜひとも頑張っていただきたいです。

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2009年4月 7日 (火)

大谷純子さん、得度 →名「光純」・法名「囁如」に

以前にも書いたように(11/17付 「本願寺」トップに純子さん)、宗教法人「本願寺」の次期法主に決まっている、三女の純子(よしこ)さんが、得度式を受け、正式に僧侶となったようです。(「中外日報」3月31日付)

東本願寺大谷家の大谷光道当主(宗教法人本願寺代表役員=法主)の三女で法主後継者の純子さん(27)の得度式が二十八日、京都市右京区嵯峨鳥居本の本願寺で執り行なわれた。得度を受けた純子さんは光道当主から「光純」の名と「囁如(しょうによ)」の法名を授かった。

つまり、僧侶にもなっていなかった段階で、宗教法人のトップになることが内定していたわけで、ちょっと心配になりましたが、純子さんの決意は相当なものでしょうから、ここは応援していきましょう。

光純さんは「僧侶になったが、内面はまだまだこれから。一日一目精進していきたい」と述べ、「歴代の当主がやってきたことを正確に学んで、これからしていくことを整理していきたい」と法嗣としての決意を語った
そうですが、ここは「歴代の当主がやってきたこと」を学ぶ以上に、宗祖・親鸞聖人がなされてきたことも、学んでほしいですね。
得度式を終えて光道当主と光純さんが会見。光道当主は光純さんの法名について、「撮取不捨」から採ったと説明。光純さんは「今の私には非常にもったいない名前。その名に似合うような人になりたい」と述べた。また、「宗祖親鷺聖人が出家された800年前から伝統を守ってきた得度式なので、あらためて伝統を伝えていく責任を感じる」と感想を語った。 その後、光純さんは光道当主とともに初の勤行に出仕、法嗣としての一歩を踏み出した。29日には東山区の大谷祖廟へ参拝し、法嗣となったことを報告した。

伝えていく“伝統”とは何か。得度式を指しているようにも読めますが、大事なのは、やはり親鸞聖人の教えです。
大谷祖廟へ参拝した、ということは、親鸞聖人へご報告したのでしょうから、原点を確認し、「摂取不捨の利益」をあずかる身に、自らもなり、門徒にも伝えていただきたいと思わずにおれません。

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2009年4月 2日 (木)

親鸞聖人御真影が、御影堂に

昨日、京都の西本願寺(浄土真宗本願寺派本山)で、親鸞聖人の「御真影」を、阿弥陀堂から御影堂に戻してご安置する「御動座法要」があったそうです。

御真影とは、木で彫られた、木製座像です。高さは82センチ、幅は108センチとのこと。
ただし、御本尊ではありません。

浄土真宗の御本尊は、「南無阿弥陀仏」の御名号です。
最も尊ぶべき御本尊は何かを、私たちもよくよく知らなければなりませんね。

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2009年3月26日 (木)

大遠忌アーカイブズ2

「大遠忌アーカイブズ」の2回目は、「新しい伝統築くべき時」という見出しになっています。

昭和36年に営まれた700回大遠忌法要にて、前年に得度したばかりの、現在の門主・大谷光真氏が非常な注目を浴びて登場した様が記されています。

「現在、京都市立の尚徳中学に在学中で、今春、東京の麻布高校に進学が決定している少年法嗣だが、身長一メートル七十六センチの長身で、目もあざやかな緋の衣に総つづれ織の七条袈裟を着用、柄香炉を手に安倍大悟式務本部長を僧綱という名のお供にしたがえると、はじめての法要参列とは思えぬ風格」

宗門の期待を一身に背負い、門主となって今日に至ります。
その光真門主からは、「危機」という言葉がよく出てきます。
「こういう伝統的な儀式の執行は今後できなくなるのではないか」
「部分的な変化はあっても本質はあまり変わらない法要が今日まで続いていますが、それでよいのだろうかというのが750回大遠忌に向けての大きな課題です」
「お参りされる方々が門を入ってから出られるまでの間に全体的に宗教的、浄土真宗的なものを体験され、あるいは法要に積極的に参加して一緒にお勤めさせていただくという雰囲気がぜひとも必要」
「宗門について言えば『昔は良かった』ということが多いように思います」

門徒が確保された地位に安住し、布教せずとも人は集まる状態が続いていた現状に対し、危機感を表明しています。
では、どうするのか。
それがないので、この記事では悲観的になるしかありませんが、ぜひとも、浄土真宗が息を吹き返す勝縁としてもらいたいものです。

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2009年3月12日 (木)

大遠忌アーカイブズ

約1年前、『中外日報』紙上にて、親鸞聖人750回大遠忌法要へ向けて、浄土真宗本願寺派(西本願寺)を特集した連載がありました。
タイトルは「大遠忌アーカイブズ~五十年の時を隔てて

アーカイブズとは、ここでは“過去の記録”というような意味でしょうが、日本アーカイブズ学会のサイトには、次のように出ています。

アーカイブズは、団体、家及び個人が作成し、収受し、保存されてきた記録からなり、手書きや印刷された紙媒体のもの、電磁的記録のもの、そしてオーラルヒストリーなどからなっている。

まず1回目は、昭和36年(1961)の親鸞聖人700回大遠忌法要の熱気から書き起こされています。
それによると、参詣者は
650回大遠忌 100万人
700回大遠忌  51万人
750回大遠忌  40万人(予想)

だそうです。

ただ、大事なのは、数ではありません。
注目すべき内容がありましたので、長くなりますが、引用しておきます。

 時計の針を再び昭和三十六年に巻き戻す。
 法要中は、法要の様子がよく見える前方の参拝席をめぐり、団参の引率者と誘導の宗務員の間でトラブルも起こったが、アルバイトの龍谷大学生が「ご開山様の前です」とたしなめると、ピタリとやんだという。
 大谷光照門主(当時)が全法要に出座、縁儀ではゆっくりと参拝者席を一回りしたこと、そして"テレビ参拝"の新語も生んだ28台の有線テレビを参拝席の各所に設置したことなどで、観光気分を引きずった人は少なく「本願寺派の参拝者は行儀が良かった」と当時の本紙は伝えている。
 とかく伝統と格式に縛られがちな法要を、形式主義と一言で切り捨てることはたやすいが、約50年前に「ご開山の尊前」に集まった門侶が醸し出した秩序正しさや「ご開山様」への尊崇の念は、700年の歴史と伝統で培われてきた「土徳」だ。

 3年後に迎える750同大遠忌法要では、現代にマッチした法要・儀式のテストケースとし、シンセサイザーを使用し音楽的要素を随所に織り込むことなどが検討されているが、「現代」を意識し過ぎるあまりに「土徳」が喪われてしまう危険性はないだろうか。
「650同大遠忌の時にはもっとお念仏が堂内に響いたものです。寒さのせいもあるのでしょうが、少し寂しい気がしますね」。肌刺す寒気の中で700回大遠忌初日の勝縁に遇った老女性の声を忘れてはならない。


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2009年3月11日 (水)

「僧侶は原点に戻れ」

使い古された言葉ですが、「葬式仏教と揶揄されて久しい」。

朝日新聞の「どらく」で、

お墓――自然葬・手元供養も

という特集がありました。
http://doraku.asahi.com/sonaeru/081226.html?ref=comtop

ここでは、遺骨を土に埋め、その上に木を植える「樹木葬」、粉末にして固めてオブジェにする「手元葬」や、散骨などが紹介されています。

こういう話があると、よく、「宗教離れが進んでいる。これによって寺の経済は立ちゆかなくなる。葬式に依存した体制を改めよ」などと、仏教界に警鐘を鳴らすコメントが目につくのですが、この記事にある、大阪府の僧侶は、ひと味違いました。

お釈迦様は亡くなる時に僧侶に「お前たちは葬儀にかかわってはいけない」とおっしゃっています。 お釈迦様の教えに葬送儀礼はありません。各宗派の開祖は「僧侶が葬儀にかかわり生計を立てよ」と 言わず、逆に厳しく戒めています。僧侶が葬儀に深くかかわるようになったのは江戸時代初期の「天 草・島原の乱」からです。現在、音を立てて崩れるがごとく檀家(だんか)離れが全国で進んでいるの は、僧侶がいわゆる檀家制度にあぐらをかき、お布施と称した金銭を受け取るなど、本来の姿を忘れ たからではないでしょうか。

仏教には本来、葬送儀礼の教えはない、とまで踏み込んでいます。そして、各宗派の開祖が葬儀に関わることを誡めた、とまで書いています。
これを読んだ一般読者は、驚くのではないでしょうか。しかしこれが事実なのです。

では、どうすればよいのか、までは、この僧侶は書いていませんが、僧侶の立場で「仏教=葬儀」を真っ向から否定するには勇気のいったことでしょう。
ぜひ布教に精進していただきたいと思います。

(曹洞宗住職の「鳥や虫の声、風の音に勝るお経はない」という発言にはガクッと来ましたね。お経を“死者のごちそう”レベルに思っているのでしょうか)

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2009年3月10日 (火)

西本願寺御影堂改修終了、間もなく一般公開

浄土真宗本願寺派本山・西本願寺の御影堂は、日本最大級の木造建築ですが、この200年ぶりともいわれる大改修が終わったそうです。

1月21日の毎日新聞によれば、

宗祖親鸞の御真影(ごしんねい=木像)を安置する幅62メートル、奥行き48メートル、高さ29メートルの巨大建築。11年からの親鸞聖人750回忌大遠忌法要を控え、98年から総事業費約55億7000万円で大改修していた。境内の阿弥陀堂に仮安置している御真影が4月1日に戻り、道内が一般公開される

そうです。

多くの人に、親鸞聖人の教えを伝える、聞法道場となればいいですね。

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