2008年4月15日 (火)

親鸞聖人ツアー

親鸞聖人750回忌は、真宗界の大きな話題です。
聖人は弘長2年11月28日(西暦に直すと1263年1月16日)にお亡くなりになりました。
その750回忌に向けて、各派、さまざまな行事を行っています。
特に東西両本願寺は、「こんな時でなければ」との思いもあって、本山の大修復等、大規模工事に明け暮れています。
そんな中、本願寺派(西本願寺)では、「教えと本願寺の歴史を学ぶツアー」なるものが始まりました。
ほほぅ、それはいいことだ、と思いきや……

親鸞学ぶツアー始まる 750回大遠忌を前に 西本願寺(朝日新聞)

浄土真宗本願寺派の本山・西本願寺(京都市下京区)で、2011年に迎える宗祖・親鸞の750回大遠忌を控え、その教えと本願寺の歴史を学ぶツアーが始まった。3日は、国宝書院「鴻の間」で、約20人が法要で供される精進料理「お斎(とき)」を味わい、国宝飛雲閣で茶道・藪内流のお点前を楽しんだ。

一般紙だからかもしれませんが、「お斎を味わい、お点前を楽しんだ」で終わってしまっては、ガクッ……と来てしまいます。
本来の本願寺は、観光施設ではないでしょう。
「教え」はいったいどこに?

ちなみに、本願寺の持つ宝物が、広島県立美術館で開かれる「本願寺展」で公開されるようです。
個人的には見てみたいですが、建物や美術品ばかりでなく、「親鸞聖人の教え」で注目される浄土真宗でありたいものです。

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2008年3月17日 (月)

善鸞の墓が風化

茨城県笠間市福原に、善鸞の墓があります。ここは、学会の調査により、ほぼ間違いないとされているところだそうです。

昨年8月、水戸短期大学名誉教授・園部公一氏が尋ねた様子を、『中外日報』(9月11日)に寄稿されています。

第1回目の調査(1973年)では読み取れた文字が、すでに墓石がかなり風化し、判読が困難になっていると書かれていて、地元でも関心が薄いことが伝わってきます。
そんな中、近所のご夫妻が保存に努めてこられたようですが、園部氏の説では、どうやら江戸中期に建立されたものではないか、と述べられています。

善鸞については、以下のように紹介されています。
歴史に「もし」はありませんが、善鸞が"もし"親鸞聖人の心にかなう活動をしていたならば、どうなっていたでしょうか……。

善鸞というのは親鸞聖人の長男と目され、稲田草庵(笠間市)で成長した人物である。建長年間(1249-56)、原始真宗教団内で続発した異義をただそうと父の名代で関東に下り、やがて性信など有力門弟たちと対立するようになる。実子という立場を利用して指導的地位を占めようと策動する一方、聖人の教えに反する布教により大きな混乱を招き、建長8年(1256)についに義絶されるにいたった。
善鸞義絶事件と称されるもので、研究者の中には事件を架空とみる者もいるが、以後、善鸞が真宗史から姿を消したのは事実である。聖人84歳、善鸞50代半ばと推測されるが生没年は一定しない。

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2008年3月 6日 (木)

西本願寺・新門が東京へ引っ越し

浄土真宗本願寺派(西本願寺)の次期門主=新門である、大谷光淳氏が、東京へ引っ越すそうです。毎日新聞(2月20日)で報道されていました。

なんでこんなことが一般誌に載っているのかな?と思って読んでみたところ、

新門夫妻が京都以外に拠点を移すのは約400年の宗派の歴史で初めて

なんだそうです。
確かにこれはニュースですね。

ちなみに光淳新門は、ちょうど2年前に、初の
僧籍を持つ一般寺院の女性と、将来の門主が結婚する場合
として、注目を集めました。

この光淳新門と、旧姓:古川流豆美さんとの夫婦が、築地別院の副住職として東京に移り住み、「100万人の新門徒獲得」を目指して活動するそうです。

ぜひ頑張ってもらいたいとは思いますが、それには親鸞聖人の教えを伝えることが大前提。
親鸞聖人のお言葉を抜きにして、「浄土真宗の門徒獲得」などと言ってほしくないですね。
それで100万人、真実信心を獲得されることにでもなれば、蓮如上人のご遺言
あわれあわれ、存命の中に皆々信心決定あれかしと朝夕思いはんべり、まことに宿善まかせとはいいながら、述懐のこころ暫くも止むことなし
にお応えすることにもなるでしょう。

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2008年2月14日 (木)

一向宗の別院で"非一向宗"の集まり開催

昨年12月15日、浄土真宗本願寺派(西本願寺)本願寺築地別院=築地本願寺にて、東京ボーズコレクションが開催されました。
これは何かというと、
「本願寺派、大谷派をはじめ天台宗、真言宗、浄土宗、臨済宗、曹洞宗、日蓮宗の八宗派の僧侶ら」が開いた、「宗派の垣根を越えて協力し」て行われたイベントです。(「中外日報」平成19年11月22日付)

銀座産経新聞」には、以下のように紹介されていました。

築地本願寺で「東京ボーズコレクション」-8宗派の僧侶が会見

 築地本願寺(中央区築地3)で12月15日、宗派を越えたイベント「虹を翔るお坊さん 2007東京ボーズコレクション」が開催される。築地本願寺境内にある「カフェ・ド・シンラン」(中央区築地3)で10月29日に行われた記者発表で明らかになった。

 12月15日には、天台宗、真言宗、浄土宗、臨済宗、曹洞宗、日蓮宗、浄土真宗の有志僧侶が築地本願寺に一堂に会し、世界の平和を願う法要を行う「東京ボーズコレクション法要」が営まれるほか、永六輔さんらが参加する「青空法話会」、座禅や写経などを体験できる「プチ修行と仏教相談」など参加型のイベントも開催される。

協力するのはいいですけれど、なぜ他宗派と協力するのでしょうか。
阿弥陀仏以外には、一切向くなと教えられ、一向専念無量寿仏を徹底された親鸞聖人。その教えを伝えるために、一向宗とまで呼ばれた浄土真宗の、しかも別院で、このような催しが開催される。そのことに親鸞聖人・蓮如上人は、どのような思いをお持ちでしょうか。

 問うていわく、「当流をみな世間に流布して、一向宗と名け候は、いかようなる子細にて候やらん。不審に覚え候」。  答えていわく、「強ちに我が流を一向宗となのることは、別して祖師も定められず。おおよそ阿弥陀仏を一向にたのむによりて、皆人の申しなす故なり。  しかりと雖も、経文に『一向専念無量寿仏』と説きたまう故に、一向に無量寿仏を念ぜよといえる意なるときは、一向宗と申したるも子細なし。さりながら、開山はこの宗をば浄土真宗とこそ定めたまえり。されば一向宗という名言は、更に本宗より申さぬなりと知るべし。  されば自余の浄土宗はもろもろの雑行を許す。わが聖人は雑行をえらびたまう。この故に真実報土の往生を遂ぐるなり。この謂あるが故に、別して真の字を入れたまうなり」。(御文章1帖目15通)

ちなみに東京ボーズコレクションのホームページは、ココ↓です。何ともはや……
http://www.engi.jp/tbc/

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2008年2月 4日 (月)

西本願寺門主「昔はよかった」

1月9日から16日まで、今度は浄土真宗本願寺派本山・西本願寺の報恩講が営まれました。
その時の大谷光真門主の「親教」全文が、「本願寺新報」(2月1日号)に掲載されていましたので、読んでみました。

(前略) 年齢を重ねますと「昔はよかった」という言葉がつい出ますけれども、(中略)宗門のことに限って申しますと、胸の痛むことではありますが、昔の方がよかったと言える事柄がたくさんあります。 (中略) しかし、今を嘆いているだけではどうにもなりません。 (中略) ご家庭での報恩講や法座は、一層難しくなっているかと思いますが、今、言葉通り、報恩の気持ちがわかなくても、各自、わが人生を顧みる機会として、先人が伝えてくださった仏法から何かのヒントを得る機会としてでも、ぜひ受け継いでいただきたいものです。 (後略)

断っておきますが、これは要旨ではありません。
言葉尻をとらえて抜粋したものです。
それにしても、なんという自信のなさ、愚痴っぽい言い訳かと嘆かずにおれないのは、私だけではないでしょう。
家庭法話に至っては、気持ちがなくても、形だけでも、何かのヒントを得る機会としてでも、と、何とも力の入らない消極的なコメント。

親鸞学徒は、祖師聖人の広大なるご恩を知り、恩を感じ、報恩に燃える報恩講とせずにはおれません。
常時前進、過去も大事ですが、限りなく明るい未来に向かって、積極的に進みたいと思います。

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2008年2月 2日 (土)

親鸞聖人の教えは納得できない?本願寺門主発言

昨年(平成19年)11月11日から16日までの6日間、毎年恒例の報恩講が、西本願寺でも開かれました。
タイトルの発言は、この時の、浄土真宗本願寺派門主・大谷光真氏の説教です。

「中外日報」(11月22日付)によれば、大阪市中央区の津村別院にて、15日の逮夜法要の「親教」で、

阿弥陀如来は、私が煩悩を抱えて危うい人生を生きているからこそ、この身このままで救ってくださいます。理屈で納得することではありません。不思議の仏智、人間の知恵では計り知ることのできない阿弥陀如来の智慧の働きです。

と説いたとのことです。

つまり、
親鸞聖人の教えは、理解できなくてもいい。このままで助けてくださるのだから、何もしなくてもいいんだよ。
ということになってしまいませんか?

消極的、退嬰的信仰の指導者たる門主サン。
浄土真宗の教えは、理屈に合わないことなのでしょうか?
正しく、深く理解すれば、勇猛果敢に光に向かって進まずにおれないのが、本当の親鸞聖人の教えではないでしょうか。

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2008年1月29日 (火)

宗門崩壊

「学級崩壊」「年金崩壊」が問題になる中、今度は「宗門崩壊」?

西本願寺が、親鸞聖人750回忌に向け、最重要施策としている「時代を担う『人』の育成」の、「人」の内、特に大事な「伝道者」の候補者の現状が、「中外日報」(19年11月20日付)で報道されていました。

さて、あなたは、宗門関係者か、一般の方か、分かりませんが、とりあえず以下の問題にチャレンジしてみてください。

Q,「西本願寺」の、「宗派」としての正式名称は?

Q,「真宗七高僧」を挙げよ

Q,西本願寺の門主の名前を書け

Q,最近聴聞した法話の中で、心に残った一言を書け


……いかがでしたでしょうか。

 ちなみに、西本願寺の次代を担う、得度習礼の受講者の中には、この問題に答えられない人もあるそうです。
 一般人には分かりにくいものもあるかもしれませんが、この受講者は、もちろん一般人ではありません。
 これから住職となり、門徒の人生をあずかっていく人たちです。
 最後の問題に答えられない、ということは、そもそも仏教の法話を、聴聞したことがないそうなのです。
 こういう人たちが、これからの浄土真宗を背負って立ち、浄土真宗を広めていこう、というのです。
“宗門崩壊”も近い、と推されるのも、無理ないですね。


(ちなみに問題の答えは、順に、以下のとおりです)
「浄土真宗本願寺派」「龍樹・天親・曇鸞・道綽・善導・源信・源空(法然)」「大谷光真」(最後の問題は、それぞれ)

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2008年1月25日 (金)

自殺に対する僧侶の役割

毎日新聞に、

自殺:悩みに僧侶が返信 「手紙で気持ち整理して」--首都圏有志が会結成

という見出しで、自殺対策を行う僧侶の集まりを紹介しています。

「自殺対策に取り組む僧侶の会」では、

自殺に関する悩み相談を手紙で受け、手書きで返信している。「お坊さんとの往復書簡」との試みで、同会は「手紙を書くことで混乱した気持ちを整理してもらうことができる」と自殺予防効果を期待している

そうです。
つまり、自殺するほど思い詰めた人の、気持ちを整理する手伝いをします、ということですね。

それはそれで、いいことだとは思いますが、では、僧侶ができることは、これが最善なのでしょうか。
「気持ちを整理」させることならば、一般人でもできます。
宗教家たる僧侶でなければできないことは、ほかにないのでしょうか。

僧侶が行うことの理由付けを、「メールや電話は思いをすぐ伝えるが、手紙は立ち止まって気持ちを整理できる。ゆったりした時間が流れる寺で過ごす僧侶だからこそ、手紙という方法で自殺に悩む人と向き合える」と話しているようですが、これでは、「僧侶って、暇なのね……」と思われてもしかたありません。

ちなみに、この会は、

浄土真宗、日蓮宗など宗派を超えた都内や千葉、神奈川県などの15人が、自殺者の追悼法要を開くなどしている

とのことです。

ある意味、相反する教えの人が集まっているようです。

なぜ、自殺してはならないのか。

その明快な答えは、親鸞聖人の教えにあるんだ、と、浄土真宗の僧侶なら、断言してもらいたいです。

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2008年1月23日 (水)

大正新脩大蔵経データベース完成?

昨年7月30日、大正新脩大蔵経テキストデータベースの完成記念大会が開催されました。(中外日報8月2日報道)
これは、

『大正新脩大蔵経』全100巻中、図像部を除く85巻をデータベース化し、個人、団体による学術的目的、非営利的目的での利用に限定しての公開をめざした

というものです。

つまり、膨大な大蔵経が、ネットで、テキストを全部公開する、ということで、仏教関係者にとってのみならず、画期的で素晴らしいプロジェクトでした。
それが、完成した、という祝賀会でした。

データを収録したCD-ROMはすでに頒布されたそうですが、「現行のウェブサイトを再構築して、9月公開を目標」とされているネット上の“完成”は、どうやらまだのようです。
一部リンク切れのテキストもありますし、サイトトップページの「来春の訂正版公開にむけて作業中」という表記がずーっと変わりません。
一日も早く、「完成しました!」のお知らせがあることを、待ち望んでいます。

URLは、以下です。
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~sat/

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2007年10月29日 (月)

勝興寺、ただ今第2期工事中

富山県高岡市伏木の古刹、勝興寺の、第2期修理保存工事が、今年3月から始まりました。平成29年度までの予定です。
第1期は、平成10年7月から17年3月まで行われていました。
第2期だけの工事費は、約38億5000万円が見込まれていますが、なぜこんなに巨額を注ぎ込むのかというと、勝興寺が「国指定重要文化財」だからです。

歴史的なことで言えば、

浄土真宗本願寺派の勝興寺は室町時代の文明3(1471)年、現在の南砺市に開いた「土山御坊」が始まり。代々、蓮如上人の子孫が住職を務め、本願寺を支える主要な寺として地位を築き上げてきた。戦国時代には複雑な政治状況の中で、越中一向一揆の旗頭として発展した。(「北日本新聞」平成19年3月20日)

という寺です。
移転を繰り返し、江戸時代には、ご多分に漏れず「帰参・改派」問題に巻き込まれ、なかなか複雑な事情を持つ寺院です。

では、修復したら、どうなるのでしょうか。

同寺は全国有数の規模を誇る浄土真宗寺院で、地元では古くから「ふるこはん」の愛称で親しまれてきた。(中略)国宝指定に期待する声も強く、平成16年秋の本堂完工を機に、地元では観光振興に向けた動きが活発になっている。地元の若手経営者らでつくる伏木商工業青年部会は地域のイベントや寺の法要の際に、参道の空き家で軽食も提供する土産物店をオープンさせた。今年4月9日には、地域挙げてのイベント「ふしき勝興寺門前手づくり市」を企画している。(同)

観光振興に利用するために、40億円近くの巨額を使って、修復することになるのでしょうか。
蓮如上人がご子息を置かれた意味は、観光資源のためだったのでしょうか。

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